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カテゴリ:葛藤( 126 )
『うらやましい』についてーーーもし、僕と友でいて下さるなら
すごく久しぶりにこのブログを上げることにした。


久々に来てみたら何やら呪詛のような言葉がいくつかあったので削除した。
言論弾圧か何かに思われるかもしれないけれど、あまりにも精神的な健康が危ないかなと思ったので、一方的なのは気が引けますが消すことにした。
一生黙ってろみたいな旨の発言もあったが、僕を殺して刑務所にでも入る気なんやろうか…140.pngなんとも無意味な。。。不快なら読まんかったらええだけやん。だれかを脅したりしてるわけやないんやし。

確かに過去は今よりもひどい上から目線だったこともあった。
今もそうだったら…今いる友人たちには恵まれなかっただろうな。

悪いが今も黙れない理由がある。。。





いいことの記録は今もノートにしている。この四週間はかなりイレギュラーなことがあってできなかったけれど。



今後はこのブログは、自分なりの考え、主に真面目な考えについて日本語で書くことに特化するかもしれない。今回はその『こけら落とし』だろうか。
あまりにも匿名をいいことに暴言や批判を書きまくる人が湧き続けるなら、考えるが…(他にもやることがあるからなあ…)







これはSNSからリンクしている記事なので、その方々に向けた記事を主に書いている。
今から僕が話すことは、『…げっ、これ私だ!😱と思われる方も恐らくいらっしゃるかもしれない。なのではじめに僕が申し上げるべきなのは、僕はその該当する皆さんに対して、恨みのたぐいは持っていないということ。今から書くことは、僕の内面も関係していることだから、決して皆さんが100%いけないのではない。このことはまず声を大にして申し上げたい。



(*以下、少し残酷な表現もあるのはご容赦ください)


何度かSNS上で、僕の明るくない過去について書くこともあった。なので、特に2015年まで、僕がなんとか取り戻そうとした心を更に貪り食おうゾンビ共と闘って来るしかなかったこと、心の中の僕は絶望を囁くこれらのゾンビ達とのいつまでも続く闘いで全身が真紅に染まるほどになったこと、それでも、なんとか本当の人間の真っ当さや、愛情を取り戻したいと願い続けたこと……。

しかしながら一方で、なりたくてなったわけじゃないけど、残虐な血だるま殺戮マシーンになるしかなかった僕が、果たして本当に愛され、愛する資格はあるのだろうか…次々と襲い来る虐待、侮辱、無理解の雨あられの中、僕はそんな不安と恐怖もあった。
それでも、当時からの友人や恩人たちか残してくれた言葉が、圧倒的絶望の真紅の豪雨の中で光るわずかな光だった。お陰で2次障害になったり、自傷行為 (※非常に強力なパニックで自分を叩いてしまったことは除く)をせずに生きてこれたのだと思う。





そんな僕でも、この一年数カ月は『ある言葉』を言われることが増えた。





それは、僕の心を貪り食おうとした化物たちの放つ『オマエハ……シアワセ………ナルナ…ナルナ…ナルナ………』『ノロワレテ…オカサレテ……シマエ…… シネエエェェェ…………』『コノクズ…ノロマ…ボーットシテルウスノロヤロウ!』といった声とは違う。






それは『うらやましい』という言葉だ。






なお、これは強調させて頂きたいが、この言葉を『いいね!』とほぼ同じ感覚でこの言葉を使っている方々もかなり多いと思う。この人達は、もちろん、先に挙げたゾンビ達のような悪影響を僕に与える意図はないと信じたい。

だが、僕はどうしてもこの『うらやましい』を浴びてしまうと簡単に心が潰れてしまいやすいことは、今日ここで明言することに決めた…。
信じてもらえるかは分からないが、今後僕が潰れることなく、皆さんと継続的により良い関係を作るために、今あえて『雨を降らす』ことにした。そう、『雨降って地固まる』ようになればと願いたい…。



今僕は、ストックホルムからヘルシンキを経由して、大阪に帰るところだ。無職の今のうちに、イギリス、ドイツ、デンマーク、スウェーデンを四週間、一人旅することにした。道中は大阪で繋がれた友人達との再会も果たした。新しい絆も図らずもできた。二ヶ月ほど前に30歳を迎えた僕にとって、20代の感謝の旅だ。
4週間近く欧州を旅するのはずっと夢だった。特に、今の旅行中になってからこの『うらやましい』を浴びることはやはり多くはなった。ある程度覚悟はしていたが…
(自分の今の状況を自慢するなんてとんでもない、と考えているが…万一そう思わせてしまったのなら、申し訳ないと思う)



僕自身は今の状況には過去と照らし合わせても感謝しかない。一人旅でも、独りじゃない』このことはいつも感謝してもし足りない。帰国しても、あの通勤や周りの汚い環境で(職場にはいい方々も多くいたが、環境負荷が大きすぎた)心身も感受性も継続的に汚染され続け、報酬や待遇でも報われることすらない前の職場(←最後の一年くらいは毎日、英語やドイツ語で汚い言葉を吐きながら通勤していた)ではなく、環境のいい大阪市内某所の発達障害向けのプログラミング学習所(ここの方々も僕の旅を後押ししてくださった。大感謝)に行ける。安心して望む真っ当な方向に心を育てることができる今の状況。
前の職場でもうヤバいかもしれないと言うときに、偶然目に止まったInstagramの広告が小さなきっかけで、今に至るまでの決断をしたのは確かに僕なのだが、それを後押ししてくれた数々の支え。心を食いつぶす化物から僕を開放し、僕に偽善やごまかしではなく真のぬくもりを注いでくださる人々。最高の友人たち。



もし僕が、常日頃からあからさまに周りを、例えば


彼女や奥さんがいてうらやましい
収入が高くてうらやましい
フリーランスでうらやましい
●●語が堪能でうらやましい
大きな家に住んでてうらやましい
●●に行ったことあってうらやましい


などなど……


『うらやんで』いることにはキリがない。そして、その先に本当に彼らが求めるものが手に入る確率が上がることについては、僕はとても懐疑的だ。
今例に挙げたうらやみの数々は、実際には僕の友人を少なからず汚すようなものばかりだ。僕は不器用だけど、真の友情への冒涜は、僕は間違ってもしたくない…。ずっと求めて、求めて、求めに求めてきた愛すべきものを、僕がゾンビになって喰らい潰すわけにはいかない。
自分の中にある卑しさ(今は大きく減っていてほしいが)の気持ち悪さが僕でもわかるからこそ、そんなことを思っている自分が今もいたらと思うと半端ない気持ち悪さに襲われる。






また、経験上、僕が良い方に向かっていることについて『うらやましい』という人は、日本人が圧倒的に多い気がする。お隣の韓国もこれは多い気が最近はしている。
反対に、西欧圏の人からはそれに相当することを言われたことはほぼ全くなく、あってもかなり冗談めかしたり……『うらやましい』の代わりに出てくるのは『素晴らしいね!』『ワクワクするなあ!』『ああ、良かった!』といった言葉だ。こうした言葉は、不毛の大地になってしまった僕の心を育ててくれた。
(南米圏、アフリカ圏については実感がなく不明です。すみません)

こうした『リスペクト』の部分は、今は西欧人の圧倒的勝利かもしれない。もしそうなら、ここは僕ら東洋人も変わらないといけないのではないのかな…と個人的にはすごく思う。こうした考え方も、豊かでハッピーな人生を送る秘訣ではないだろうか?



実際僕も、自分の中の人を羨んでしまう気持ちをなんとか無くしたいと葛藤してきた。かくいう僕だって羨んでしまう気持ちが湧いてしまうことがないといえば、それは嘘になるだろう。だが僕は、不器用な人間なりに、少しでもきれいな人間になりたかった…。たとえ、血まみれ地獄にいたことがあったとしても。

だからか、『リスペクト』と普段から密接に関わっているプロスポーツ選手の方々などは、東洋人でも『うらやましい』とは軽々しく言わないように思う。
また、過去に凄惨な経験を乗り越えながら、今ら人間らしい時間を取り戻しつつある人々なども、『うらやましい』は安易に言わない気がする。(この方々からは、僕も自分の中の羨みや妬みの感情を少しでも消すべく学んだことはたくさんある。感謝だ)



やはり『言魂』の力は、僕にとっては圧倒的に絶大だ。これについては僕のアスペルガー症候群の特性ーーー言葉を字義通りに、それも非常に深く受け取ってしまうーーーも深く関わっていると思われる。

この部分は残念ながら、僕の変えられないところの一つである。皆さんに負担をかけうるところで申し訳ないのだが、これを『治す』には、究極のところ、死ぬしかない。だから、『うらやましい』のシャワーには、僕は耐えられず心の苦しみが出てしまうようなのだ。


一度、海外旅行から帰ってきたときに会った人から、『うらやましい』を数時間で5〜10回くらい言われたこともあった。この人は僕の苦しんでいることにも耳を傾けてくれたこともあったのでそれは感謝しているが、それでもこのシャワーの破壊力はかなりのものだった。しかも、個人的にはこの時の『うらやましい』の一発一発は、『いいね!』とは程遠い、叩きつけるような感じもいささかあったように感じた。『お前なんかが●●行きやがって!』みたいな感じというのか…。冒頭に紹介した、『ゾンビたち』が与えてきたそれらともかなり似ているかもしれない。そのせいか、このことは去年、僕の中で最もショックだったことの一つだ。

僕はその旅のほぼ同時期に、僕の人生を最も奪ってきていた女性との対決を終え、その彼女によって大量虐殺されてしまった心(そしてこの彼女は、僕の訴えに対して更なる暴言や悪言を吐き、僕の人格否定を行った。ある意味かわいそうだとも言える)が少しずつ蘇り始めていた。殺された心を取り戻すためでもあった旅から帰ってきたが、その半月ほど後に浴びせられたこの『うらやましい』のシャワーで、時間もお金もかけた僕の旅のときめきは半分くらい死滅した。罪悪感のようなもので犯されたような感じが消えなかった……。

辛い記憶が消えにくく、フラッシュバックも多いアスペルガー症候群の僕にとって、これは精神的な拷問すら意味しうる。

正直、今回の旅から帰ったあとも、このシャワーが恐ろしい。殴りつけられ、拷問され、暴行されるような感じが…フラッシュバックで今も蘇る。

ボクハモウ ホントウハ タタカイタク ナイノニ




2 

もう一つ、このように『うらやましい』と言われることでしんどくなってしまうなのは、僕の明るくない生い立ちも関係していると思う。

ありがたいことに、一部の方々は僕が少しでも努力して身に着けよう、維持しようとしたものを認めて下さっている。そのお陰で、僕はどれだけ強くなれているだろう。救われているだろう。

僕は可能性を拷問され、虐殺され続ける世界にずっと独りでいた。
光を求めても、求めても、後ろから容赦なく僕を撃ち、地獄の闇の底へと引きずり込み、僕の可能性が破壊され続けるのを楽しむ悪魔たちの群れ。

そして、そこから脱出しようにもそのリスクがあまりにも大き過ぎる世界に、ずっといた。なんとか可能性を見つけようにも、次々と、ようやく僅かに芽生えた可能性を無残にも犯しぬかれて虐殺されつくされる、そんな世界をずっと見せられ続けてきた。たとえ、僕が過去の罪を清算しようとし、真っ当な人間の世界に向かおうとしても………。子供の頃は残念ながらそれが歪んでしまった。僕もまた害毒を与える化物だった。『弱者』をいじめる快楽を得ていた気持ち悪さの極みの生き物だった自分もいた。今は反対に、僕が心に暴魔や傲慢、歪みのある人に汚物を投げつけられるような事の方が多くなったが…(その根源となっているものとは七年前に対決した。今どれほど僕はまともな人であれているだろう?)

たとえ物質的には多少豊かに外から見えても、強制収容所のような生活を、子供の頃からずっとしてくるしかなかった歴史もある。



僕自身は『うらやましい』と言われることで、そんな恐ろしい世界に僕はまた監禁され続けないといけないのか、一生幸せになってはいけないのか?という気持ちが生まれてしまい、暗澹たる気持ちになることも頻繁にある。
そして、僕自身が愚かにも毒に染まったことがあるように、また僕が温かく純粋な心を持った人たちや、世界の美しい部分を犯す側の人間になってしまうのかと悲哀と恐怖が止まらなくなることもある。



それが一番恐ろしい。辛い。



『うらやましい』を浴びてしまうのは、僕の決して明るくはない生い立ちなど知らない方々も多いのもあるだろう。これは仕方ない。だから、最初にみなさんは悪くないと述べたのはそれもある。仕方がない。そもそも愉快な話では無いので、正直こちらも話すのにある程度は気を遣わないといけない。僕の話で、僕を信用してくださる人々を汚したくない、という葛藤もある。
(だから僕は、ポジティブシンキングは大事だと思うが、それも度が過ぎるとかえって余計に心と頭がおかしくなることもある、と思う。)

環境のせいにするな、なんて言う人もいると思うのだが、当時選ぶことなどできなかったあの窒息させられ続ける苦しみは筆舌に尽くし難い。政治犯にされてブチ込まれた、最近帰国を果たした安田さんのようなテロリストに捕まった、とかじゃないにせよ………。



それに就職においては僕は、選択肢が少なくなりがちという現実はやはりある。これは、後述する僕の発達障害と密に関わっている。プライベートもそうなのだが、この障害が意図せず与えてしまう僕の印象によって、害を与える何かと思われ、精神的な迫害を受けてしまうことも残念ながらあるのだ… 面接などで、致命傷になりうることもあり、これに悩む発達障害者は今もまだ多いだろう。幸い、最近の日本社会では人々の理解がようやく進んできたかと思うが…

そんなこともあってか、実は僕も自分の心の中に湧き出てくる人を羨んだりする気持ちをどう抑えるかは、僕もずっと腐心していた。というのも、僕はもう、僕が与えられてきた地獄の苦しみを良き人々に与える側には、なんとしてもなりたくなかったからだ。
潜在意識レベルで、卑劣で、暴力的で、侮辱的で、姑息で、虚栄心に満ちた僕の歪んだ心を治す必要があった。人から奪ったりしないで、自らの心を取り戻す必要があった。そのためには、人を『うらやましい』と思う心は、害毒にはなっても薬にはならないだろう。



3 


地獄の泥沼のような、人間が人間で無くなる監禁地獄のような人生をほとんどたった一人で生き延びてきて、やっと人間らしさを取り戻しつつあるのがこの2年半ほどの僕の人だ。
確実に本来の人間の世界が戻ってきている。


だからせめて、大学時代にできなかった事を今のうちに4週間くらいしていたのは、許してほしい。もう旅してしまったので、旅するんじゃねーよクソ野郎!と罵ったところで手遅れ?ではあるのだけれど…


僕をうらやましいと言った人の中には、その大学時代にそんな素晴らしい経験をできた人もいるのも知っているが、僕はそれは本当に素晴らしく、ずっとその人の宝であってほしいと願う僕は、僕のような汚泥におまみれさせられ続ける人生に人々が監禁されなくなることが幸せでもある。

そんな今の僕のもう一つの根本的な望みは、良き人々が僕の味わってきたような地獄を味わわずに済み、なおかつ幸せで温かい人生を歩むことだ。そんな人生に自分もまたともに歩むことを許してもらえるのは本当にありがたく、そして名誉なことだ。良く生きようというエネルギーも、またそこから生まれる。
(だから僕は、ネットスラングの『リア充爆発しろ』なんかもあまり好きじゃない。まさにS##Tな嫉妬だ…)






もし、これを読んでくださった方で、僕を恨まないでいてくださる方々は、これからは僕に向かっては『うらやましい』という表現は控えてくださいますとありがたく存じます。そして、こんな僕ともいつも良き時間をともに作ろうとしてくださることを、心から感謝します。

嫉妬ではなく、良き願いと共に皆様とあれますように




2018年12月10日

by sannkaku-shikaku | 2018-12-10 23:50 | 葛藤
2018/3/8~11 相模原の事件から真の『多様性』を考える
※この記事には少々重い内容が含まれています。



前回の津久井やまゆり園、そして
その加害者である植松氏のことから考えたこと…

この加害者自身も精神疾患だったことを話しましたが
ある意味、障害者が障害者を殺した事件、
それがこの津久井やまゆり園の事件ではないか、と考えています。


私経験ですが……僕の抱える発達障害においても
未診断の中で深い心の闇を抱えっぱなしになっている人、
診断を受けたものの診断自体や自分の与える影響を軽視している人が
周囲に破壊や混沌を撒き散らしてしまうことも、少なくないと思います。
障害者が別の障害者を『破壊』することも少なくありません。

実は僕自身も、未診断のとき、特に小学生~高校生のときに、
僕と同じように発達障害だったのではないか…という周りの子を
いじめてしまったり、ひどいことを言ったりしてきたこともあります。
その懺悔の為にも、僕は一生自分の持っているものと向き合う必要があると
考えています。

そして大人になり、発達障害の診断を受けた今は……
他の発達障害、精神障害の人たちに
精神をむちゃくちゃに引っ掻き回され、
その中には、『精神的レイプ』と言っても過言ではないことも
何度も何度もありました148.png163.png

レイプとは『魂の殺人』とも言われる恐怖と暴力の行為とはいいますが
精神の世界では、僕も男ですがその恐怖を感じることがあります…。


SNSでブロックしているのに執拗に僕に話しかけてきたり
汚い冗談を放ったり、まるでナチスの強制収容所の兵士のように
すごく怖い強圧的な態度で僕にがなり立ててくる者。
初対面で僕を侮辱するかのような(SMバーのようなネタ)をしては
歴史に関する話で高圧的な態度で機関銃のようにまくし立て
汚いいじりの言葉を衝動的に撒き散らしてくる者。
TPOを全く考えず、10代後半の僕でもすることをためらうような
下ネタや性的な話題を寺院や歴史的な風致地区で夢中で続ける者。

……発達障害関係の人たちを上げるだけでもこれだけ
害をもたらしてしまう人がいます。
そして、被害妄想と言われるのを覚悟で申し上げると
彼らはどうやら、僕のような人間にはどうしても彼らの持つ
闇や暴力の衝動を抑えきれなくなり、僕は
決して掃除されない便所のように扱われ続けるようだと感じています148.png140.png


ナゼダ、 ナゼ… … …
俺が20歳ちょっとで抑える・止めることができたことを
この人たちは止めることができないんだ……
(一人理由を推測すると、こういう人たちが人間的な哲学など
 読書や考察などが足りてないのかなと思うことは普段でも多々ある137.png


僕はこうした『闇』を伝えることも、
当事者だからできることでもある、と思っています。


僕は僕自身にとってだけではなく
個人的にはこれは非常に危機的な状態だと思っています。

ダイバーシティ社会っていうのは、少数派、
ここで言うなら、障害者という少数派だけが得する社会じゃない。
僕も自分の特性の全部を何でもかんでもわかってもらって
尻ぬぐいばっかりしてもらおうとは思わない。

今は自分の持っているものを認めてくれる人たちが
ありがたいことに徐々に確実に増えてきているといっても
それでも僕は今いてくれる人たち、これから出会う人たちを
裏切ったり悲しませたくない……。
そのためには向き合うべきことにもちゃんと向き合わないといけない。
というか、そこを粗末にして、
人と人との温もりや信頼の中で生き、助け合うといった
本当の意味での幸せで生きている人を見たことがない。
自己評価も低く、闇を撒き散らす人も多い。


発達障害には『こだわり特性』ってあるけど、
僕は同じこだわるなら……
人を不幸にしないこと(かつ自分を抑圧しすぎない)ことに、こだわりたい。




3/8 今日のいいこと:
友人とのメッセージアプリでの爆笑トーク

3/9 今日のいいこと:
↑の友人と、震災2日前に東北のクラフトビールをたくさん満喫。
素晴らしい夜をありがとうございました

3/10 今日のいいこと:
1000円カットのお店でうぶ毛剃りもやってもらえました

3/11 今日のいいこと:
やっとニラの価格が98円に落ち着いてきましたね

by sannkaku-shikaku | 2018-03-24 13:09 | 葛藤
2018/3/1~3 "兄貴"の旅立ち
この記事は一部下ネタ注意?と一応最初に話しておきますが

言わなくてもいいあろか……





発達障害という『マイノリティ』としても、
この方からは勇気づけられる部分があった。
いつか一緒にビール片手に乾杯して語ってみたいな、と思っていた。




この方の『ガチムチパンツレスリング』『ケツドラム』は
8年前に旅立ってしまった高校時代からの友人に、
教えてもらった空耳ネタでした。


凄惨なまでに荒み切った、
7年前に僕が小豆島で一人己を向き合っていたあの時期を
明るくさせてくれた、『歪み無ぇ』御方。
太陽だった。


そしてこの御方の命日は、奇しくも
僕に『レスリングシリーズ』を教えてくれた友人の命日と同じ日である。
友人がそれを教えてくれた日から、10年が経ったのだ。
それが更なる衝撃を残した。


僕の知己と同じ日に、僕の知己の処へ行かれた。

Rest in Peace......
ありがとうございました、ビリーさん。
Thank you so much Mr. Herrington.




まとめサイトも:
https://matome.naver.jp/odai/2152011495499122401



3/1 今日のいいこと:
カフェインレス生活がだんだんなじんできたこと

3/2 今日のいいこと:
久々のミスタードーナツ、おいしかった。

3/3 今日のいいこと:
所々取り入れているミリタリーファッションを満喫。
軍服をファッションにできる平和に感謝。

by sannkaku-shikaku | 2018-03-22 23:51 | 葛藤
2018/2/9~12 今、溜まるものの中で
冬の終盤のこの時期は、どうしても寒さによって
知らず知らずのうちに溜まった疲れetcが出やすいのか?
体に不調が出やすい季節でもあります。
今年は2つ前の記事に書いた通り、胃袋です。
別の精神的な悪因もありましたが、やはりといったところか。

しかし今は『やはり』と受け止められる自分もいて
結構冷静な部分も出てきた気がします。
以前ならまだそんな自分や、
明らかに自分を不調に追い込んだ原因を責めまくっていた。
今も激しい気持ちが湧いてくることはまだありますが
それでも頭がカッカカッカイライラしている頻度は減ったでしょうか…。


それ考えると、今の平昌オリンピックの選手の皆さまといい
この時期に全力発揮できるのってすごいな、と思う自分もいたり146.png

自分が一番パフォーマンス発揮できる時期を振り返ると、
10月―12月が多い気がします。
最後に美味しいものは取っておくタイプ105.png(←一人っ子 笑)


なるほど、みんな違って、みんないい、かな107.png


2/9 今日のいいこと:
不調の胃について最近ずっとメッセージやり取りしてくれている方が
気遣いのメッセージをくれました。感謝。
今は、昔よりも、何人も深い深い仲間がいる。

2/10 今日のいいこと:
昼は胃袋下調子だったが夜には回復してきたこと

2/11 今日のいいこと:
家に籠ってゆっくり過ごし、ゲームも満喫。
こんな休日は久々。

2/12 今日のいいこと:
前から知っていた梅田の少し離れたところにあるカフェ、
2F席しか座ったことがなかったものの、1F席も素敵でした

by sannkaku-shikaku | 2018-02-25 00:14 | 葛藤
2018/1/25~28 Reminiscing the decades その4
(※この記事は一部非常に暗い内容や残酷な比喩表現があります。)


根拠もないのに自分は万能で何でも出来る人間だという
病的な勘違いのような思想は、10代の後半にほぼ完成されるに至った。

だが心の奥底は、臆病で打ち震える自分でいっぱいだった。
健全な承認などをされてこなかったことは
当時の自分でも自覚はあったし、
そしていつしか、本当の承認を得るために当人がする努力すら
しなくなっていくようになった。

ただ大学3年のうちに全部の単位を取りたいという願望はあり、
大学の単位だけはしっかり取っていた…。
後に就職活動で(当然のごとく)とても苦労したので
これには助かったが…
それでも、主体的でときめきや溌剌さのある学びは全く無かった。

僕にとって勉強とは
『大人たちに良く思ってもらうこと
 =孤独にならない、見捨てられない、なおかつ承認されるための手段』
でしかなかったのだ。

だから、決められたこと以上のことを調べたりなどはしない傾向にあった。



今でもやってる勉強でもある語学で言うなら、
派生語は何か、などには全く眼を向けない、面倒くさがりだった。
そうした知識を調べること
何をやっても認められないという諦めのようなものもあったが
誰にもこうした苦しみを相談したことが無くて、壊れていったと思う。
要は、学習などにあたる『自発性』が、ほぼ完全に死滅していた。
どうか今を生きている10代20代の人たちがそうならないでほしい。
万一不幸にもそうなってしまった場合、どんな年齢であったとしても
その『自発性』の復活があってほしいと願う。


結果的に、知識の定着が億劫出ますます時間が掛かるという
悪循環が出来上がっていた。

人生が『衰退する』『自爆する』パラダイムは、
大学の4年間で着実に仕上がっていた。

それに呼応するかのように、大学の3年、4年では
自己啓発セミナーに堕ちかけたり、
今思えばどれほど意味があったのかも疑わしい
学生同士の交流も多かったと思う。
それに加えて、模範となるような大人や仲間が
ほとんど全くいなかった。


自分が今でも時々、
『俺には、本当に人に愛される資格はあるのだろうか…140.png
と恐ろしく虚しい気持ちに襲われるのは、
子供の頃から積み重なり、そしてついに花開いた
この時のいかれた体験もベースになっている。



1/25 今日のいいこと:
何度かビールを呑みに行ったことのある友人が
自分のおすすめの呑みどころに興味を持ってくれたこと

1/26 今日のいいこと:
沖縄にいる友人とついにチャットができた。うれしかった。

1/27 今日のいいこと:
体調不良気味で家に籠っていましたが
その時見た映画がとても面白かったこと

1/28 今日のいいこと:
家でゆっくりアイスを食べるのも久しぶりです

by sannkaku-shikaku | 2018-01-31 23:58 | 葛藤
2018/1/21~24 Reminiscing the decades その3
(※この記事は一部非常に暗い内容や残酷な比喩表現があります。)


2000年代。
この時期は、序盤の2000~02年は、かなり暗い孤独の時代だった。
からかいやいじめのターゲットにされることも多かった。
最悪なことに、本来最も信じるべきであるはずの大人から、
精神的な暴力を加えられ続けてきたこともあり、
これはその後も10年以上続き、非常に暗い影を落としている。
(僕の役目は、その影を駆逐し、未来を影で染めないことでもある。
もしかしたらそれを駆逐するために僕は生まれたのかもしれない。
自分のもつ力に責任は持たないといけない。
We fight in the darkness, to serve the light....)

それを差し引いても、一方では僕自身にも問題が多かった頃でもある。


この時代は小学校~中学校の頃で、
今も僕の中学時代の学生証が手元にあるのだが、
本当に暗く、沈んだオーラを放った少年になってしまっている。
だがその『彼』も、僕の大切な一部なのだ。
今『彼』を護り育てることも、僕の責務なのだ。

03年は僕自身の人との接し方も変わり始めてきて、
それにつれて人生が少しずつ明るくなる。
04年に高校に入ってからは、自分が入るはずだった4クラスのうち、
その1クラスの担任の先生がとても良い先生で
(後から知ったのだが、この先生は発達障害に関しても
 かなり造詣が深い先生でもあった)
あわやからかいやいじめのターゲットにされかけた所を
影ながら助けて頂いたこともあった。

高校生活は全体を通して愉しかった。
だが、振り返ってみても、05年、ある致命的な出会いが
少しずつ、僕を狂気へと追い込んでいったかもしれない。
加熱する受験戦争と、周囲の大人との軋轢、
僕は必死で正常な人間であろうとしたけれど、
振り返れば、自己愛性パーソナリティ障害などの
異常な性格を一部持っている人間へと変貌していたと思う。
07年、大学に入ってからは、本当に振り返ればクレイジーだった。

今もまだ『クレイジー』な状態のままだったら、
恐らくここ2年間くらいでであった友人達とは
ここまで深く強い絆を創ることは出来なかったと思う。
再び縁が再建された友人達とも、
ここまでの仲良しにはなれなかったとも思う。

当時から僕を知る友人達は、よく自分と付き合ってくれているな、と
ある種の奇跡のようなものを感じざるを得ないし、ただ感謝だ。
(だが、再びあの時と同じかそれより酷い状態になってしまい、
 今も友人でいてくれている人たちを裏切るのは、
 金輪際、御免蒙りたい。)


時に、受験戦争、そして07年からの大学生活において
『自己愛性パーソナリティ障害』を持っていたかもしれないと
一部書いたが、それについて次回言及してみたい。


1/21 今日のいいこと:
2014年に買ったゲーム『ゴーストリーコン・フューチャーソルジャー』を再プレイ。
昔よりプレイする際に肩がこらなくなった気がする。

1/22 今日のいいこと:
お世話になっている人に数日前に言った自分の好きなゲームネタ、
まだその人の中では生きていたようです笑

1/23 今日のいいこと:
2~3月にビールetcを通じて会えた方とまた会えそうなこと

1/24 今日のいいこと:
関東地方のある場所への電撃旅行を計画中。
地図などを調べていたら楽しみになってきました

by sannkaku-shikaku | 2018-01-31 23:56 | 葛藤
2018/1/18~20 Reminiscing the decades その2
振り返ってみれば、それまでの10年単位はというと…
1990年代、子供の頃は、
年が経つにつれ、情況が悪化して行ったような気がしている。
はたから見たら、豊かな子供時代だったように見えるかもしれないが
心の世界では、人間らしい時間が、どんどん死に絶えていった。

1999年の『恐怖の大王』と合致していたと思う。

ただ、たった一人二人でも助けてくれる大人が
家の外で何人か居て下さった。
今にして思えば、どんな暗黒の絶望や
365日24時間心身を苦しめる苦悩の中にあっても、
たとえわずかでも光を求めて生きようとするメンタリティが
この時にすでに有る程度は鍛えられていたのかもしれない。



1/18 今日のいいこと:
帰国する豪州出身の友人との絆が一層深まる夜。
再会を誓って……!

1/19 今日のいいこと:
今ニラが高いですが、久々にニラ饅頭食べる。美味しかった

1/20 今日のいいこと:
10年くらい前からずっとお世話になっている方に、
恩返しにと好きなクッキーを上げた所とても喜んでもらえたこと

by sannkaku-shikaku | 2018-01-31 23:55 | 葛藤
2018/1/14~17 Reminiscing the decades その1
(※この記事は一部非常に暗い内容や残酷な比喩表現があります。)



2010年代も2018年に突入するにあたり
2010年代の10年間、というのを考えてみることが増えてきた。

10年前の2008年、10代から20代へと足を踏み入れていった際は
あまりそういうことは考えなかったけれど、
長生きした、って証拠か127.png

20代から30代への変化は、静かだが、
大いなる導きがあるようなそんな予感が実はひしひしとしている。


実は数年前までは、そのようなときめきのようなものがあると、
それを奪われないか、犯されないか、恐ろしくて仕方が無かった。
そして恐ろしいことに、それに呼応するかのように
それを奪いつくす人間が現れて全てを犯しぬかれる……
というパターンが実際にかなりあった。
更に哀しいことに、そうした陵辱行為を働いてきた人間達は、
かつて僕が友と信じた人間達もかなりいた。

だが、僕も友と信じた彼らのあり方の、『異常さ』には、
発達障害の診断を受けて、そこから更に自分を見直し、
人生を生きるうえでの考え方などのリプログラミングをしていき、
時間が経てば経つほど、気付かざるを得なくなっていった。
毎日、心臓が生きたまますりつぶされそうなほどの、地獄の葛藤。
何故、こんなに犯しあうのか、潰しあうのか、
何度考えても分からなかったし、ただただ哀しく、怒った。

この加害者たちの中には、後天的な精神疾患やパーソナリティ障害、
中には本当に発達障害の可能性がある人たちも少なからずいた。
恐怖や弱さを植え付け、進みたくても進むことを諦めさせられていく
共依存のような生き方へと舵取りをさせられていくような
確実に人生を破壊されていく恐怖とも隣り合わせだった。
そして、自分もそのような人間達との接触が濃く、
自分もまたこのような恐ろしい毒素をばら撒く人間だったのかと
心の底から恐怖し、絶望してきた。
(普段から、未診断・未自覚であり、ケアがされていない……
 そうした当事者達の恐ろしさを僕が強調するのは、
 こうした私体験から来る部分もある。
 僕だって、犯す側の人間として、何人もの、良識を持ち、美しい感性を持つ人たちを、
 絶望させ、悲嘆にくれさせ、凄まじい憤怒へ走らせたりしていたかもしれない…)


その毒素に染まるまいと、必死でもがくしかなかった。
たとえ、心臓に穴が空いて真冬の北風がヒュオオ、ヒュオオと
吹き込むような孤独の中にあったとしても。
さもなくば、いつか心ある誰かと出会えたときに、
僕は確実にその誰かを汚染してしまう番になってしまう…
そんな恐怖と隣りあわせだった。
助けを求めても、更に現れたのは僕の心の傷に寄ってたかって
意識的にでも無意識的にでも、更に僕を利用しようとする人間達。

自殺願望、までは至らなかったにせよ、
最後の選択肢としての『自殺』の二文字は、
どこかでほぼ常に頭の中にあったと思う。


耐えてきた。

そして今は、
それに向けたときめきを奪われたり陵辱されたりしないように、
今はそれほど肩肘を張らなくてもよくなってきているのは、
本当にありがたい。

2010年代の10年間は、
前半戦が自分を取り戻しつつ、改良するための
血にまみれた闘いだったけど
後半の2016年に入ってからは、確実に変わってきた。
まるでそれまで生きてきた人生が信じられないほどに。
守り抜いてきたものが、ようやく報われ始めてきた。


長かった。

ただ、ひたすらに、長かった・・・


それでも、僕は、生き延びてきたんだな。


1/14 今日のいいこと:
お気に入りのビールカフェ、やっぱりサンドイッチが絶品です

1/15 今日のいいこと:
近々お世話になっている人と飲み食いする場所を再検討したら
もっといいお店が浮かんできたこと

1/16 今日のいいこと:
無料サービスで見ている映画配信、
今見ている作品が面白くなってきたこと

1/17 今日のいいこと:
今日会った方から思わぬお土産を頂けたこと。感謝!

by sannkaku-shikaku | 2018-01-31 23:55 | 葛藤
2017/12/23~25 眼力、鍛えられし…? その2
前回と少し重なる話題です。


クリスマスの時期……最近はイベントもたくさんやってますね。
イベントもいろんなホストの方のイベントに、
振り返れば参加していたことが改めて分かりました。
自分でもびっくり151.png

何度か僕と接触したことがあって、
気持ちよく迎えて下さる方々もいらっしゃることが本当に有難いです。

僕は自分で意図的にそうしているわけではないのですが、
好いてくれる人々もいらっしゃる一方、
残念ながら、第一印象だけで邪険に扱ってくる人もいます。
これは、イベントのホストでもそれはあるのかな、と思います。
最近はその度合いが、短い時間で、言葉の節々などを分析しながら
分かってくるようになってきました。
果たしてこの場やここでえられた関係が、
自分の心や人生にとって良いのか、悪いのか…?などが。


しかしながら重要なのは、
『好いてくれる人々もいらっしゃる』こと162.png179.png
どんなに仕事ができても、優秀でも、
人間としての理論や理屈を超えた、温かいハートの部分を
持とうとしている人、示そうとしている人、
優しさと信念と自他へのリスペクトのバランスがとれている人が
多いような気がします。

そのような方々に気軽に声をかけて下さること、
『イベントで顔を合わせるだけ』以上の関係を
創ろうとして下さることが、とても嬉しいです。
僕自身も、それぞれがそれぞれの快楽を貪る場、という低劣な場を
作ってしまうことの片棒を担いでしまうことはあまりしたくはないのです。
そのためには、自分もある程度は人格的に真っ当でないとなあ…と
思い続けてきました。

どうやらそれが、思いだけではなく、形にできているのかな?
たとえ、悪影響を与える人々との接触があったとしても、
良いものを、広げていけるような。


12/23 今日のいいこと:
10数年ぶりくらいにUNOで遊びました。しかもドイツ語で…

12/24 今日のいいこと:
友人が自分が今年やり始めていたゲームに
ハマり始めていたのを教えてくれました

12/25 今日のいいこと:
梅田スカイビルふもとの『ドイツクリスマスマーケット』へ。
ドイツ風ピザが絶品でした。

by sannkaku-shikaku | 2017-12-30 22:20 | 葛藤
2017/12/20~22 眼力、鍛えられし…? その1
昨年より様々なイベントに招待されたり、自分から行くことも
多くなってきました。

正直、こうしたイベントは一歩誤ると
『サバイバル』になりかけない危険性もあります148.png
やはり、いきなり心に毒を盛ってくる人がこれまでいなかったかというと
嘘になるからです。
(一方では、心に"薬"を下さる方々、手当下さる方々もいらして
 本当に助かりました。ありがとうございます)

そして僕は、これはアスペルガー症候群の特性も関係していると思いますが
こうした有害な干渉やこき下ろしなどによって、
あっという間に正常な思考が止まってしまうことも珍しくありません。
僕に対して直接向けられたこき下ろしなどが無くても、
聞いて言葉が毒針の如く心臓を貫き、頭と心が灰色の闇で支配されていく
そんな感覚にさせられたことも一度や二度ではありません。
皮肉なことに、その加害者も発達障害者、またはその疑いが濃厚な人、
であることもしばしばありました。
まるで共食いのように殺し合う、狂気の世界。


一度、例えばサッカーの話をしていて、ある国の代表、または特定の選手に対し、
こき下ろしやからかいに聞こえざるを得ない言葉を大量に聞いたことがあり、
僭越ながらサッカー選手の皆さまに対してリスペクトを持ちたい自分としても、
『う、うわあああ、も、もうだめええ……毒を盛らないでえぇ…149.png148.png140.png
と、壊滅状態に近くなってしまい、
たまらず、あまりに辛いので止めて欲しいと訴えたこともあったりしました。

幸い、言葉の主は謝ってくれましたが、
サッカー以外のトピックでもこき下ろし癖のようなものがあって
もうこちらから良い関係を創ろうとする気が完全に潰れてしまいました134.png


幸い今は、比較的よく参加させて頂いているイベントの中で、
毒になる人間から離れやすくなったり、
薬になって下さる人々が増えた&その人達との関係が深くなったことで
生存率、といいますか、建設的に生きられる力が増してきました。

ありがたや、これぞ、絆の力107.png
痛みの記憶は、確かに消えない。それでも、
僕も守られてばかりではなく、その人達に何らかの形で
恵みを与えて恩返ししたいなあ…と思います。
そして、僕もまた、毒を盛る側の人間にならないことも、
ある意味恩返しの一つなのかな、とも思っています。


12/20 今日のいいこと:
最近借りたテクノ系音楽の良さがだんだんわかってきたこと

12/21 今日のいいこと:
フィリピン人の素晴らしき友人(男性)、久々に会ってハグしてくれた。
お互い似たような境遇にもたまたまいたので、お互い良い未来を創りたい。

12/22 今日のいいこと:
冬の夜空の下の散歩もいいものです

by sannkaku-shikaku | 2017-12-30 22:15 | 葛藤