2018/1/14~17 Reminiscing the decades その1
(※この記事は一部非常に暗い内容や残酷な比喩表現があります。)



2010年代も2018年に突入するにあたり
2010年代の10年間、というのを考えてみることが増えてきた。

10年前の2008年、10代から20代へと足を踏み入れていった際は
あまりそういうことは考えなかったけれど、
長生きした、って証拠か127.png

20代から30代への変化は、静かだが、
大いなる導きがあるようなそんな予感が実はひしひしとしている。


実は数年前までは、そのようなときめきのようなものがあると、
それを奪われないか、犯されないか、恐ろしくて仕方が無かった。
そして恐ろしいことに、それに呼応するかのように
それを奪いつくす人間が現れて全てを犯しぬかれる……
というパターンが実際にかなりあった。
更に哀しいことに、そうした陵辱行為を働いてきた人間達は、
かつて僕が友と信じた人間達もかなりいた。

だが、僕も友と信じた彼らのあり方の、『異常さ』には、
発達障害の診断を受けて、そこから更に自分を見直し、
人生を生きるうえでの考え方などのリプログラミングをしていき、
時間が経てば経つほど、気付かざるを得なくなっていった。
毎日、心臓が生きたまますりつぶされそうなほどの、地獄の葛藤。
何故、こんなに犯しあうのか、潰しあうのか、
何度考えても分からなかったし、ただただ哀しく、怒った。

この加害者たちの中には、後天的な精神疾患やパーソナリティ障害、
中には本当に発達障害の可能性がある人たちも少なからずいた。
恐怖や弱さを植え付け、進みたくても進むことを諦めさせられていく
共依存のような生き方へと舵取りをさせられていくような
確実に人生を破壊されていく恐怖とも隣り合わせだった。
そして、自分もそのような人間達との接触が濃く、
自分もまたこのような恐ろしい毒素をばら撒く人間だったのかと
心の底から恐怖し、絶望してきた。
(普段から、未診断・未自覚であり、ケアがされていない……
 そうした当事者達の恐ろしさを僕が強調するのは、
 こうした私体験から来る部分もある。
 僕だって、犯す側の人間として、何人もの、良識を持ち、美しい感性を持つ人たちを、
 絶望させ、悲嘆にくれさせ、凄まじい憤怒へ走らせたりしていたかもしれない…)


その毒素に染まるまいと、必死でもがくしかなかった。
たとえ、心臓に穴が空いて真冬の北風がヒュオオ、ヒュオオと
吹き込むような孤独の中にあったとしても。
さもなくば、いつか心ある誰かと出会えたときに、
僕は確実にその誰かを汚染してしまう番になってしまう…
そんな恐怖と隣りあわせだった。
助けを求めても、更に現れたのは僕の心の傷に寄ってたかって
意識的にでも無意識的にでも、更に僕を利用しようとする人間達。

自殺願望、までは至らなかったにせよ、
最後の選択肢としての『自殺』の二文字は、
どこかでほぼ常に頭の中にあったと思う。


耐えてきた。

そして今は、
それに向けたときめきを奪われたり陵辱されたりしないように、
今はそれほど肩肘を張らなくてもよくなってきているのは、
本当にありがたい。

2010年代の10年間は、
前半戦が自分を取り戻しつつ、改良するための
血にまみれた闘いだったけど
後半の2016年に入ってからは、確実に変わってきた。
まるでそれまで生きてきた人生が信じられないほどに。
守り抜いてきたものが、ようやく報われ始めてきた。


長かった。

ただ、ひたすらに、長かった・・・


それでも、僕は、生き延びてきたんだな。


1/14 今日のいいこと:
お気に入りのビールカフェ、やっぱりサンドイッチが絶品です

1/15 今日のいいこと:
近々お世話になっている人と飲み食いする場所を再検討したら
もっといいお店が浮かんできたこと

1/16 今日のいいこと:
無料サービスで見ている映画配信、
今見ている作品が面白くなってきたこと

1/17 今日のいいこと:
今日会った方から思わぬお土産を頂けたこと。感謝!

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by sannkaku-shikaku | 2018-01-31 23:55 | 葛藤 | Comments(0)
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