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2017/9/1~4 同族嫌悪?発達障害者同士の……
※この書き込みには、一部過激な表現が含まれています。


最近ついに気づいてしまわざるを得なかったことがある。
これに気づいたのは、6月に入ったころくらい。


本当に、辛かった。


僕は基本的に、自分がアスペルガー症候群であることは
なるべく隠さないようにしている。

万が一、僕がパニックなど、障害のマイナス面が出た時のために、
僕に信頼や愛情を注いでくださっている人たちを心配させないように
そういう『保険』の意味もあるけれど、
僕自身、障害の診断を受ける前から『変わり者』と言われることが多く、
そこからくる『正体不明の恐怖』を、
人様に与えないようにするためでもある。

人も安心するし、自分も安心する。
障害を明かすことで、
『うわ、こいつアスペルガーとか、キモーッ149.png
みたいになったケースは、前職の上司以外に幸いあまり思い浮かばない。
ただ、あまり思い浮かばないといっても、記憶力が妙に良い所が効いて、
その1つ1つを鮮明に記憶してしまう。

それでも、自分がもし発達障害者であることを明かしていなかったら、
安定して付き合えていなかった素晴らしい友情はたくさんある。
それを明かしたがゆえに、賛辞の言葉すら頂けたこともある。
それが今の僕が、立ち上がり、生きていく原動力。


だが。


僕がそういう特性を持っていることを知りながら、
精神的な暴力をふるってくる人も、残念ながらいる。
まるで、アウシュヴィッツにいるユダヤ人になった気分で、
相手はまるで、ナチスの将校のようだ148.png


そして、その相手となる人間たちには、なんと………


僕と同じ発達障害者である、ADHDの当事者もいることが
なぜか僕の周りには頻繁に起こっている148.png

もちろん僕はここで、ADHD>アスペルガーなどという、
狂気に満ち満ちたイカれた公式をぶち上げようとは毛頭思っていない。
今年7月には、ADHDをお持ちで、ご自身のことにも向き合いながら、
正しくその才覚や能力をお使いになられている方々とも
お会いすることができたことは、とてもラッキーなことだった179.png

ただ、彼らが時折持っている『衝動性』の特性が、
垂れ流しのまま、僕に向かって、真っすぐに、純粋に、
暴力となって襲い掛かってくることがしばしば起こっている。
今年に入っただけでも、すでに10回近く起こっているのだ…。
(中には謝ってくれた人もいたが、その人も2ヶ月後に、
 僕を傲慢な態度で見下すようなことをしてきた。ひどい思いをした134.png



僕がアスペルガーであるがゆえに、
『こいつになら安心して何でもできる』とか思うのかもしれないけど、
でもそれって、結局『衝動性』の特性を放置して
自分の『責任』から逃げているだけではないのかな、とすら思える。

先に挙げた害を与えてこない方のADHDの人たちのように、
自分と正しく向き合って、それをコントロールできている人だって
当然いるわけなんだし。

むしろ、本当に相手をリスペクトして、尊重するなら、
相手が嫌なことをしないのは、当たり前のことでは?

発達障害には『こだわり特性』というのがあるが、
同じこだわるなら、俺はそういう所にこだわりたい。
ただ一方で、『完璧主義に走りやすく、そうできない自分や他者を批判しがち』
という特性もある。
この部分にももちろん、気を付けているのというが大前提だ。
これは僕自身、診断を受けた2012年1月21日から、ずっとやってきたこと。
死ぬまで、死んでもそれを辞めるつもりはない。
そのおかげで、自他共に豊かなエッセンスを得られたのではというのが
最近はありがたいことに核心になりつつある。
(不幸にも、一方ではそのエッセンスを略奪し、凌辱する輩も
 一人二人となくいたけれど)


この辺りは、障害者・健常者問わず、
精神的な習熟度や、人間性の修練なども関わってきそうだ。
僕自身、その修練は、めちゃくちゃに弱かった人間だったのだから。

それはなにも、尻をバッシバッシぶっ叩いたりしなくたって
向上出来うるものでもある。
僕自身は本を読んだことも大きかったが、悪書もあるので
とにかく自分で考え、善悪について考えながら、読むようにした。
スポーツ観戦をして、スポーツ選手の方々の考え方から
とても良い影響を賜っている。
そのおかげで、6年以上前の自分なら
ここまで仲良くできなかったと思える人たちとも、
心を通わせられるようになった。


とにかく、自分だけが満足して周りはみんな不幸だとか、
そんなことはしたくなかった。

素晴らしいメンタリティを持った人たちを、
そして、これからの子孫たちが生きていく未来を、
汚染して、破壊する側には回りたくなかった。

僕は、前述したように自分が犯されることももちろん地獄の苦しみだが、
自分が犯す側になるのも、同等あるいはそれ以上の、地獄の苦しみだ。
今俺に心からの笑顔と愛情を向けて下さる人たちを犯してしまうくらいなら、
デザートイーグルの弾をこめかみにブチこんで、
首から上を吹き飛ばして死んだ方がましに思えるほどだ。
ただ、僕が自殺をしてしまうと哀しむ人も
喜ぶ人以上にどうやらたくさんいるらしいことも
年々分かって来つつある。
だから、自殺以外の道を探さないといけない。


僕自身は幸か不幸か、
『20代にしては精神年齢が非常に成熟している』
と言われることが時々ある。

それも、先に述べた『精神的な修練』は関わっているかもしれない。
でも、子供時代から本来積みあがっているべきものが、
僕にはほぼ全く出来上がっていなかった。
当たり前のことを当たり前に積み重ねたい、そう思っただけ。
そうすれば意外と、人生って取り戻せるものらしい…。

それこそ、僕だって、実はここまで書いてきたような、
衝動的な暴力を僕は向けてきたこともある人間だ。
特に、優しくて、聡明な人ほど、餌食になっていった。
先の、僕に精神的な暴力を加えてきた人間たちは、
全員、僕より年上の人たちでもあった。
なので、こう考えざるをえないこともあった。
『なぜ、俺の年で止められたことを、
 あなたたちは今も止めることが、できないんだ…?140.png


もう俺は無差別殺戮マシーンにはなりたくない。
それでも俺が殺戮マシーンになるのが宿命だというのなら、
せめて俺を犯し、俺にも光を与えてくれる人たちに
直接・間接的に悪影響を与える人間たちだけを
精神的・あるいは社会的に殺戮することになるだろう。

実際そうしたことも、あった。去年もあった。

俺は残念ながら、手加減なんて器用なことはできない…。
俺は臆病だ。

手を抜いたら、また反撃されて、レ◎プファ◎クされて、殺される。
彼らはまた俺に対して、暴力の衝動を向けてくるだろう。
そして俺はゾンビになって、周りの人たちを無差別に食いつぶすようになる。
それは許すことができない、悪の輪廻だ。


障害者も、健常者も、真の意味で心の底から
素晴らしい人生を築き合っていけるように、
私たち障害者側の人間ができること・やるべきこともある。
その先に、自分も他人も、恐怖も憎悪も無く、喜び合える世界が来ることを、
殺戮マシーンにならざるを得なかった僕も願っている。
そのための実践が一つでもできていたら、とも思う。


……これは、偽善なのだろうか?



9/1 今日のいいこと:
たまにはファミチキ食べるのもいいですね

9/2 今日のいいこと:
ドイツで買ったCDを聞きながらイタリアンを作る。最高!

9/3 今日のいいこと:
業務スーパーに久々に立ち寄り、世界の食材をたくさん見つけました。
試してみたいのがいっぱいだ~

9/4 今日のいいこと:
凄い久々にカレー(日本式の)を食べました。うまかった。

by sannkaku-shikaku | 2017-09-16 23:34 | 葛藤
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