2016/3/12 『友情』と信じた『依存』
今年1月から今に至るまで、
自分の中では忙しい時期も過ごしている。
その時期がもうすぐ終わりつつある……ようだ。

新しい事、というか
自分の中ではやっておくべきだったことが
日常や様々な葛藤の中でお留守になっていた。

その『様々な葛藤』が実に長かった。
いつ終わるかも分からない、生殺しの感覚。
洗脳から逃れようと、何度も試みた……。


最近ようやく、思春期から心を縛っていた
ある大きな荷物が下されつつある。
2週間前は、その大きな荷物を一つ下した。
精神疾患についての知識を更に深める余裕も去年は出てきて、
そのことが荷物下しの大きな一助となった。


僕は少年期から思春期へと入る10代の前半、
ある意味では『洗脳』されていた子供だったのだ。

2012年以来、その当時のクラスメートたちは、
あたかも僕を再び『洗脳』にひきずりこみ、
もっと辛い、苦しい、哀しい人生へと
僕を染めるような思考などを植えつけようとしてきた
……とも思えるような言動も繰り返してきた、と気付いた。

守ってくれる、示してくれる大人は
10代前半頃までいなかった。
いや、何人かはいた。
だが、その何人かもまた、自分を守る闘いで
恐らく精一杯だったのだろう。


僕らは友達なんかじゃなく、『共依存』だったと気付いた。
それまでも辛い思いをいっぱい、いっぱいしてきて、
いつしか正しい友達関係の作り方が分からなくなって、


僕は、その時会った"友達"らと違う所で会った
本当の友達から、本当の友情を
彼らの有り方や態度から学ばせて頂く機会に
幸いにして、恵まれた。
その彼らが教えてくれたものを根絶やしにされないために
必死に戦うしかなかった。
僕はその辺り、侵略されやすい人間だったから。


その何人かもまた、『洗脳』から解けつつある。ようやく。

去年はそのうちの一人が
きっかけは、僕の発達障害のカミングアウトだった。
僕自身、一人で『洗脳』と闘い続けないといけないのかと
ずっと苦しみ続けてきた。


そうだな。次はかかりつけのお医者さんにでも
僕を縛っていた大きな鎖の一つであるこの時代のことを
もう少し深く話してみよう。

勇気は要るし、相手も、タイミングも選ばないといけないけど
親しい友人に、打ち明けてみてもいいかもしれない…

『話すことで癒される』
この基本に立ち返って。

だから俺もまた、
苦しいものを抱えてしまった人の、力になれれば。
特別で奇をてらったことは、そんなに使わなくても
人は助けられるってことは、俺でも分かったこと。


今日のいいこと:
朝に自前で作ってみたアイスカフェラテがおいしく感じられたこと

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by sannkaku-shikaku | 2016-03-13 23:26 | 葛藤 | Comments(0)
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