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2017/11/17~19 脱出行のキオク ~前編~
6 Y E A R S L A T E R . . . . .



この土日で、行ってきた場所があります。
それは、6年前に退職した前職の職場が入っているビルの前です。


未だにこの会社の話を人にするときは、
大変驚いた反応をされることがあります。
それも今や、世界中の人々からです。

今年1月、去年末に出会ったあるスペインの方と意気投合し、
カフェでカフェラテ片手に様々な話にとても盛り上がりました。
この方も、リーマンショックからその後の5年間の際は
とある企業で会社員をしていた経験がありまして、
時代もスペイン経済が非常に疲弊していた時期だったこともあり
結構な苦労をされた話も伺うことができましたが…

面識がまだ浅いこの人でも、僕の前職の話を聞くやいなや
『えぇっ!そんなことが…!?140.png150.png149.png』という反応でした。

昨年も、アメリカはテネシー州出身の、とても仕事ができそうな方から
『おぉ..."誰もが働きたくない会社"に
 あなたはいらっしゃったんですね…140.png
と、戸惑いや驚きに満ちたご反応を頂いたこともあります。
(因みに、この方は親御さんがアスペルガー症候群の当事者だそうです)



この会社を『脱出』してから2年間くらいは、
この会社の最寄り駅を地下鉄で通ることすらも怖くて、嫌で
避けていたこともあったほどです。

そして、6年が経つ少し前、今年の7月。
アメリカはテキサス州出身の、僕の昔の英会話の先生と
話題のカレー屋に行ってみようとしたときに
この会社のあるビルの前を通りました。
この先生は僕の前職のことも一部知っていました。
ビルの前にいた時に、手足の震えのようなものを感じたので
その旨を伝えたら、優しく声掛けをしてくださって、ありがたかったです134.png



あの時、僕を自殺寸前に追い詰めたあの上司は、僕に向かって
『君はかまってちゃんか!!!
 社会は誰も助けてくれません!!!
と、個室の中で連呼したこともありました。

自分は社会の中で存在してはいけない失敗作なのか、と
何度も何度も思いましたし、恐ろしかった。
今の仕事に就いた後も、実はこのことはとても尾を引きました。
実際に、ブラック企業に入ってしまい自殺してしまった方々にも、
このような拷問に近い言葉の責め苦をうけた挙句に
自殺に走ってしまったというケースもあるように思います。

僕の最初の職場の人たちを侮辱したりするような言葉も、
発達障害当事者を侮辱するような言葉も浴びせられました。
その言葉の一つ一つが、ボイスレコーダーのように頭に刻まれています。
おそらく一生、消えることはないでしょう。

ですが、それでも変わったことがあります。

それは、この上司が放った言葉、
そして他の人間たちが僕にしてきた行為を、
僕が話し続けることで、彼らの行いや言動が、
真っ当に生きている人たちによって『NO』を突き付けられていることです。
もし僕が本当に本当に本当におかしいのだとするならば、
このような人たちから話を聞いてもらえることも、
認められるわけもありません。
社会は誰も助けてくれません』という、
孤独と絶望に自動的に人を追い込ませる言葉が
どれほど悪辣で愚かな発言であるかが証明されてきている気がします。
それに、もし僕がこのような汚らわしい言葉を認めことは、
僕を信じて哀しみや苦しみを明かしてくれた友人や仲間たちを
更なる苦しみへと誘うことを、許してしまうということだ。
それは断じてあってはならない、悪夢のはず。


後半へ続きます。


11/17 今日のいいこと:
色々と文書が浮かんでくる日でした

11/18 今日のいいこと:
たまたま入ったパン屋の総菜パンが結構当たりでした

11/19 今日のいいこと:
今春からやり始めたゲームの隠し要素を発見。
歴史のエッセンスにドキドキです

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by sannkaku-shikaku | 2017-11-20 22:06 | 葛藤 | Comments(0)
2017/11/9~12 負の思い出の地、昇華させる
気が付いたら他にやりたいこと・注力すべきことに
時間や労力をかなり割いていて
すっかりこちらのブログがお留守に。。

特にこの11月に注力したいことがありました。20代最後の11月…


実は先の9月くらいから始めていることなのですが、
自分が決定的なトラウマを与えられた場所に
敢えて一人で行ってみることで、想い出を浄化しようという試みを
粛々と行おうとしています。
(稀に、想い出上書きのために信頼できる人と
 行く場所もありそうですが)

特に、2010年代に入ってから自分の人生に
多大な負の影響を与えた場所に行き
心の中で決着をつけたい気持ちも出てきており、
今がその良い時期のような気がしています。


このような行動ができるようになったのも、理由があります。

1つは、現時点で2~3の致命的な悪影響を与えた人間に対して
その人間の行ったことに対する自分の感覚を淡々と述べるという作業を
終了させたことです。
確かに膨大な心のエネルギーや勇気は要ります。
相手の反応の如何に関わらず、確実に、
再び自分が浮上している感覚がありました。


2つは、やはり、2016年に入ってから、
ようやく自分が本当の意味で素晴らしい人たちと出会えて、
そしてその人達に、認められることがとても多くなったことです。
出会って1年以内の人たちもいますが、
まるで5年くらい深い関係の友人でいるような感じというか……171.png
ようやく、良き波動の奔流に身を乗せることが、赦された。
自分が恐る恐る踏み出した一歩の先に。
そしてその一歩もまた、助けてくれる人がいた。


ずっと、自分はそのような素晴らしい人たちを希望しても、
そうした人たちに愛されることなく、
腐った関係の中で朽ちていくことを強いられなくてはいけないのか……
そんな哀しみの中で、必死でした。
苦悶した期間、本当に長かった。最低でも5年はかかっただろうか。
希望を求めても、求めても、求めても、
必ずそこに現れる凌辱者たち。
信じていた人が毒を盛る人になったこともたくさんあった。
(もっとも、精神医学や虐待のことを勉強していたので、
 そのパターン化に対してまるで特殊部隊兵士になった気分で
 なんとか切り抜けたこともあったが……泥臭く、しぶとく。)


このような恐ろしい地獄の迂回路を、血だらけにさせられて
咆哮と慟哭の中で引き金を引かされ続けてきた自分が思えること。

それは、もしもこのような苦痛に満ち満ちた道を
自分の友人など、誰かがあるかなく行けなくなったとき、
もしくは彼らが、過去にそのような道を歩かされてきた真実を
語ってくれたときに……
自分もまた、彼らを
僕に害を与えた人間が僕をさらに地獄に引きずりこんだのと反対に。


もちろん、自分もまた自分に毒を盛った人たちと同じことを
うっかりやってしまうのではないか…という恐怖は、
実は今も結構あります。(最近はちょっとマシかな…)

言うは易く行うは難し、でしょう。
ですがせっかく生きているこの命、やってみる価値はあるでしょう。
更なる光のために。


そして、こうも考える。
もし僕に害を与えてきた人間たちも、自分の真実と向き合い反省するなら…
彼らも次は、僕にしたように害を与えるのではなく、
誰かを真の意味で助けられる人間になれるのかもしれません。


何故なら僕もまた、
都合のいい屁理屈ばかり並べ立てたり、
どこか人や社会を見下すような歪んだ目線をかなり持っていた
人間だったのだから………。


PEOPLE CAN CHANGE.


11/9 今日のいいこと:
誕生日を迎えた友人2人に無事にプレゼントを渡せたこと

11/10 今日のいいこと:
前から気になっていたコーヒー店2件を開拓できたこと

11/11 今日のいいこと:
まとめたかった個人的な資料を無事にまとめられました

11/12 今日のいいこと:
TSUTAYAの100円アルバムレンタル、
偶然視聴したアルバムが個人的に大ヒット!

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by sannkaku-shikaku | 2017-11-12 22:42 | 葛藤 | Comments(0)
2017/10/23~25 人を祝えないカナシミ
EDMが好きな関係で時々
DJ関係の記事が目に飛び込んでくる。


そんな時、僕はとてもショッキングは1行の文章を見つけた。


記事は、東欧・スラブ圏出身のとある女性DJについての内容。
こちらのDJさん、実は既婚者であり、お子様(男の子)も
いらっしゃるとのこと。
それについて、僕は本当に腹の立つし哀しい文章を見た。




彼女の家族について触れる前に、そこには


『ファンにとっては哀しいことですが』


という文章が、サラッと書いてあった。



『ああ、よかった、素晴らしいな110.png
そう思える僕の中の人間の心は、一瞬にして灰燼に帰した。
代わりに僕の心に浮かび上がってきたのは…
前述したような、腹の立つ感情、哀しみ
であった。



人の、それももっとも根源的な家族という幸福を、
『ファンにとっては哀しい』などと書けるのは
何とあさましいことだろうか、と我ながら思ってしまう。

それなら、現実を見て、その幸せ(ここではその女性DJの方)を
願うのが、本当のファンというものではないだろうか。
そしてそう願うことが、音楽シーンというものを
本当の意味で豊かにしていくのではないのだろうか、と考えてしまう。
音楽がどうこうというより、人として『えっ…140.png』と
ドン引きしてしまった内容が、この『ファンにとっては~』だ。

冗談でもこの書き方は、正直あまり好きになれない。
言葉を真に受けてしまう傾向がある、
アスペルガー症候群の僕みたいな人しか、こう感じないのだろうか。
僕のような傾向の無い人なら、不快は感じないのだろうか。

一先ず僕は、この女性DJと、そのご家族の
末永い末永~い幸せを、願いたい177.png



10/23 今日のいいこと:
牛肉が安い!弁当のおかずをグレードアップさせました

10/24 今日のいいこと:
インターネットで繋がっていた絆がリアルでも強くなる予感。
ワクワクしますね

10/25 今日のいいこと:
男の人が作る弁当を見て刺激を受けております

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by sannkaku-shikaku | 2017-10-29 00:13 | 葛藤 | Comments(0)
2017/10/16~19 『~っぽくない』ということ
ここにきて『君はアスペルガーっぽくない』と、
特に日本人から言われることが増えてきた。

反対に…欧州、米州、豪州など、西欧圏の人からは、
こういうことを言われることが、今のところない。
僕がアスペルガーであっても無くても、
ありのままの僕を見ようとし、受け入れようとしてくれている
そんな風に感じる。

そして僕としては、
この西欧圏の人のあり方に、本当に救われている。


反対に。

この『アスペルガーっぽくない』と言われて
じゃあ僕が嬉しかったかというと………

実は、あまり嬉しくないというのが、本音148.png
それどころか。

僕にとって、自分の障害とは、自分の子供のようなもの。
正しく良い方向に使えれば、
それは自分だけではなく、他人にも恵みをもたらせる
力になることができる。

しかし、僕は『アスペルガーっぽくない』と言われてしまうときに、
以下のような、邪推が浮かんでしまうことがしばしばあるのだ。

僕自身がアスペルガーっぽくなく見える
⇒僕はアスペルガー"なんか"ではないと考える
⇒つまり、アスペルガー=ほぼ100%悪いもの、取り除かれるべきもの
と、腫瘍か何かと同様に考えられているのだろうか……という
とても悲しい気持ちになってくることが、しばしばある137.png134.png
(言った人は、『そんなつもりで言ったんじゃない!』と
 僕に向かって言いたくなるのは100も承知だが…)

今、僕の中で最も消化不良を起こしている言葉の一つが、
この『アスペルガーっぽくない』という言葉だ140.png

いくらそう見えたとしても、
僕も、他人様からは見えづらいストレスなども
たくさん抱えている。
それもおそらく、非発達障害の人は抱えないような、それを。

特に深刻な問題になっているのが、
僕が持っている障害特性や、無意志に放たれている雰囲気のために、
僕を障害者と知らなくても、僕に有害な干渉を続けてくる人たちにも
何度も精神的にレイプされることだ。今もだ。

僕は、助けを求めてはいけないの、障害者として認められてはいけないの、
孤独と凌辱の地獄の中で、また死んでいかないといけないの…134.png 134.png 134.png
僕は、人として、犯されずに、生きていてはいけないの……?148.png 148.png 148.png
ど う  し   て  … … … …


僕に『アスペルガーっぽくない』と言った人達には、
そのように僕を追い詰める悪意はないのは分かっていても、
そんな哀しい感覚が、どうしても止まらない時がある。



思うに、西洋の人たちが反対にこうしたことを言わないのは、
現実を見据え、その上でより良い解決を模索する思考力が、
今の平均的な日本人より、非常にずば抜けていると思う。
僕は、これは一人の日本人としても、危機感を覚えている。

今の日本人が抱える弱点の一つであり、
そしてその弱点は、それなりにもう少し鍛えて克服する必要も
あるのではないだろうか、とも思っている。
そんなのするの面倒くせぇ…と思う人もいるかもしれないけど、
僕はその深く柔軟な思考力は、より良い人生を切り開く上で
とても大事なものと思っている。
特に、憎しみ・偏見・不安に囚われにくい人生を創っていく上で
とても重要な気がしている。
なので一方では、そうした考え方を鍛えようとしてきた
どんな不条理にも向き合ってきて、希望を諦めてこなかった
そんな日本人の方々にも救われてきたことも、同時に強調したい。

特にこの現実を見据え、その上でより良い解決を模索する思考力は、
フロンティアスピリッツ』を持つ、アメリカの方は
時折ずば抜けているように感じることが個人的にはある。
僕達日本人も大いに学ぶ所のある部分だ。
実際にアメリカの発達障害者支援や理解は
現在とても進んでいるとも聞いている。

もちろん、日本が全てアメリカの真似をする必要は無いとも
僕は考えている。日本も国の風土や人の気質を生かした
よりよい支援を生み出せるはずだ、と僕は考えている。


ただそうする上で、『●●っぽくない』と言ったり
その根底にあるかもしれない僕が上記に挙げた考え方は
やはり改められなくてはならないのではないか、とも思う。
それが、障害を抱え、ネガティブ面で苦しむこと、
それも、自殺や自己破滅を考えるほどに苦しむことだってある
当事者としての実感だ。
 

重ねて言うが、これは無意識にしている人、
ものすごく多いかもしれない。
だがそれは差別やネガティブイメージに
必ず繋がっていく……そんなことも同時に思う。


再三、自問自答する。
果たして、アスペルガーに"見えない"アスペルガーを
『アスペルガーっぽくない』と言うことが、
本当に当事者を、救うことになるだろうか。

もちろん、僕の答えは。

No, Non, No, Nein, Nej. である。
(↑左から英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、スウェーデン語)


むしろ、その言葉は、
救われるべき少数派(ここではアスペルガー)も、
その周りの多数派も、
結局両方とも幸せにしないのではないか、と考える。
本当の意味での、双方の認め合いを生み出す言葉ではない、と思う。


たとえ潜在的なものであっても、更なる憎しみの源は、
闇から光に引きずり出して、今のうちに消しておきたい。


10/16 今日のいいこと:
Youtubeですごくいいロックバンドを発見したこと。
この春から好きだったバンドの関連動画から見つけました。

10/17 今日のいいこと:
久々の晴れ空と出会えました

10/18 今日のいいこと:
Amazonで買った便利アイテムがもう届いたこと

10/19 今日のいいこと:
自分が弁当用に作ったおかずを母が気に入っていたこと

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by sannkaku-shikaku | 2017-10-26 23:20 | 葛藤 | Comments(0)
2017/9/27~30 "苦"の月? その最後に
以前僕にとって、
4月は"死"月、9月は"苦"月と、
4月、9月は良くないこと、
それも致命的なレベルで心臓を犯されるような辛いことが
良く起こる月になるというジンクスがなぜかあると
話したことがある。


そのことをSNSで漏らしてことがあったのだが、
沖縄県にいる友人が、それは別の考え方もできるのでは、と
提案してくれたことがあった。
9月は、3の累乗、そして3は縁起のいい数字ということで
実はいい月でもあるという考え方だった。


この9月も、正直ショッキングなことが無かったかというと嘘になる。

(ただ、僕も人様にショックを与えかねない内面や内情を
 明かしたことも結構あったが
 ありがたいことに、温かいご対応を頂けることがほぼ100%…134.png


しかし今年の9月、そしてこの30日は一足違った。
大きな対決を終えたことも、おそらく関係はしているだろう。



今までの縛り付けられてきた人生が、まるで嘘のよう。


9/27 今日のいいこと:
パーティーのお誘い頂く、ありがたいなあ…

9/28 今日のいいこと:
お世話になっている人の地元について調べてみたら
魅力がいっぱい見つかりました

9/29 今日のいいこと:
職場の机の配置が新しくなり、
通気性が良くなった感じというか、良い気持ちです

9/30 今日のいいこと:
おいしい米・ワシントン産のビールをたっぷり堪能しました

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by sannkaku-shikaku | 2017-09-30 23:58 | 葛藤 | Comments(0)
2017/9/8~10 Levitation from 12 years chains
※この書き込みには一部過激な表現や
 乱暴な言葉(伏字無し)が含まれています。




かれこれ50日は経つ計算になるか。


僕は7月の下旬において、
ある一つの関係と、決着を着けるべく、スイッチを押した。
ここに至るまでは、1年半くらいの時間がかかっている。
その相手の名前を、仮に"アンジェ"としましょう。

アンジェとの関係との始まりは10数年前、
中学高校の時代にまで、さかのぼる。
アンジェは、僕に何かを与えたかったのかもしれないが
結局は、その"優しさ"によって、
自分の中のものが、以下に犯され、潰され、奪われ、破壊され、
人生を生きる希望や自信が、魂の根本から消し潰されていたこと、
それを、2016年に入ってから気づくしか、なくなってしまった。

気づくのにここまでかかってしまったのは、他の原因もある。
アンジェの他にも、僕の精神に著しい精神的な悪影響を、
15年の長きにも渡って及ぼしていた男性もいたのだから。
その彼と決着を着けることにしたのは、2016年2月末のこと。
ただ彼も自分の抱えている問題にうすうす気づいていることもあり、
僕が放った『一撃』を目にしてからの彼は、
良い意味でまるで別のようだった。
彼は、変わる決意を一応口頭ではしてくれたことと、
既に相手が口だけの変化なんて甘っちょろいものに
甘んじる様子が無いことが見て取れたから
信用させて頂くことにした。
そして、僕からもいくばくかの精神的なサポートは
提供できたかもしれない。



さて、話がそれてしまったが、
50日ほど前にスイッチを押した相手から僕がされたことはというと、
2012年、人生最大の決着をつけたり、
自殺の誘惑をちらつかされる地獄から逃げ延び、
発達障害の診断を受けて支援を受け始めて、
ようやく取り戻してきた本当の自信すら、
この人間には、全て拉致され、凌辱され、強姦されたということ。
ただ、この人間はおそらく故意に僕をそのように
壊そう、汚そうとしたわけではないとは思う。
だが、最後に僕に放射能の如く残った悪影響は、
確実に僕の人生を蝕んでいった、というのは、
アンジェに全てを明かしていったあとの僕自身ひしひしと感じる
僕自身の浮上が証明していると思われる。


そのためにどれほど、理不尽な人生の迂回路を
歩かされてきたんだろう。
天使のふりをしてやってくるが、
これほど手の込んだ天使のふりした"悪魔"は、
後にも先にも見るかどうか分からない。
だが、世の中には哀しいかな、本来は天使の心と感性を持った人が
他者を親しさという名の密室に閉じ込めて、
愛や優しさのふりをしながら
密室で徹底的に相手をファックする悪魔へと
変わり果ててしまうことも、残念ながらあるようだ。
人をそんな化け物に変えてしまう疾患の名前も、僕は知った。
地獄の中の血みどろの闘いの中で。
(※ファック、という言葉は、本来伏字にすべきでしょうが
  自分の受けた悪影響の凄惨さとおぞましさを伝えるために
  敢えて伏字を使うことは止めました。)


因みに、このアンジェと深く関わったある人間が、
ついには精神疾患に至ったこともあったらしい、です。
それはアンジェから直に聞いたのだが……
僕は、アンジェがその深く関わった人を病気にさせた可能性も、
少なからずあるのではないか、と考えています。


僕自身が、地獄に見えない地獄を見た。
あとは、このアンジェが地獄を終わらせるべく
行動するのかどうか、
それはこのアンジェ次第。


そして、対決のスイッチを押したその日、
僕はアンジェに対して、一方的になってしまうのを覚悟で、
3ヶ月は一切連絡を取らないで頂けないか、と連絡した。
が、アンジェはそれをものの見事に無視し、
当日・翌日とメッセージを送付してきた。



とはいえ、せっかくアンジェから自由になるために対決をしたのに、
また再び精神をファックファックファックFUCKFUCKFUCK!!されて
奴隷にされてしまっては元も子もない。
この手の相手は、特定の人間を(たとえ無意識にでも)
いたぶったり、苦しめたり、自己中を正当化して暴力をふるったりするのか
習慣と化している可能性も十二分にあるからだ。
僕がその『特定の人間』に
おそらくカテゴライズされているであろうことは
既に自覚があった。
僕自身が、不誠実極まりないゲス男だと思われたとしても、
これは、僕と、僕の周りの人たちの為にも
アンジェの書いてきたことをすぐ読まないことは
必要な決断だった、と考えている。

だから今のところ、相手からのメッセージはまだ読んでいない。
というより、読めない。
うっかり読んでしまっていたら、先の久々の欧州旅行も、
見事にファックされつくされていたリスクもある。危険すぎる。
(実は、3年前にフランス・ベルギーに行く前にも、
 この人間とは別の相手に酷い精神的劇薬を盛られ、
 旅行中もひどい精神的ストレスに悩まされたことがある。
 その時の教訓でもあった。)

もっと精神を取り戻して、アンジェが僕に与えた影響などを、
周囲の信頼できる人達に話してから読んでも遅くは無いだろう。


その決断が奏功しているのか、
最近、つい数ヶ月前では考えられなかったような良いことというか、
どこかで詰まらされていた僕の人生の色々な部分が
前に進みつつあるような気がしている。
ずっと何かから、誰かから奪われてきたもののうち、
その大きな部分を取り戻してきたように思う。
(実はまだ取り戻すべき部分もあるのだが…)

僕自身が取り戻せた余裕というか、能力というかが
周りにも無意識のうちに出ているのか分からないが、
以前の僕なら仲良くなるのが時間がかかったかもしれないような人と
すぐ仲良くなれたりだとか、
何度かお顔を合わせた人と改めて親しく会話や挨拶ができるとか、
そういうパターンが最近、特に欧州から帰ってきた
8月下旬~9月になって増えてきている。




僕の人生は、静かに、確実に、
ある人間に押しつぶされていた軛(くびき)を解き放って、
Levitate = 浮かび上がって、きているようだ。


そう。

俺は

ようやく

浮き上がりつつある。

そして、




もう君が奪ってきたものは終わった。


俺は


諦めない。


その軌跡はもう


君のものじゃないんだ。



これからの君の軌跡は

君が君を取り戻して 創り出してほしい


誰かから、奪い取るのでは なくて



9/8 今日のいいこと:
イランからの知己と焼き鳥と日本酒を愉しみつつ
お互い心の中に溜まっていたものを話し合えたこと

9/9 今日のいいこと:
地元の気になるカフェを初訪問。Wifiあり!
パスタもおいしそうでした

9/10 今日のいいこと:
セブンイレブンで添加物控えめのどら焼きを発見。美味しかった

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by sannkaku-shikaku | 2017-09-19 01:08 | 葛藤 | Comments(0)
2017/9/5~7 救われつつある
振り返れば、本当に、救われつつある。


2016年の春頃まで続いた、
底なし沼のように僕を苦しみの輪廻へと引きずり込み、
人としての尊厳を心から凌辱して奪っていく
地獄、地獄、地獄。

100ある愉しみすら、10や20に削られるのはもちろん、
それらを凌辱者たちに貪り食われてきたと言っても
過言ではなかろうか。


麻痺したくない感覚がマヒさせられてきた、そんな感覚。



ずっとそこから脱出したくても、したくても、
次々と凌辱者が現れて、どうにもならなかった。


旧友たちが放ち続けてくれていたわずかな光の筋と、
巨大すぎる哀しみと絶望の火柱をわずかに慰める
支援の聖水でなんとか生き延びてきた。

その過程で、哀しみと絶望の炎をの根源となっている存在にも
気づかざるを得なくなっていったのも事実だ。


振り返れば、僕の人生はそんな感じだったと思う。
傍から見たら、恵まれているように見えるかもしれないし、
僕は人生をエンジョイすることしか考えていない
自分勝手な快楽主義者にしか見えないかもしれない。


快楽主義者に見えるかもしれない僕の心にも目的はあった。
それは、死の砂漠と化した僕の心に
活き活きとした恵みを与えて下さるものに少しでも触れ、
意識的に感動して感謝する習慣をつけることだ。

僕が僕自身で僕を蘇生させるための術は持ち合わせていない。
いや、あれほどの穢れを抱えてきて、
全てを自分で全部を回復させようとしたら
きっと、誤った方向へと舵を切っていただろう。
手を差し伸べて下さる人すらめちゃくちゃに傷つけて病ませる
悪魔の道へと。
今とこれからの自分が
そのような道にかすってすらいないことを願いたい。
(ちなみに、僕の理解者のつもりだったのだろうが、
 最終的にはその感覚すら犯してきた人も実はいる。
 共依存になり掛けたので、今は距離を置いている。
 だが、決着を着けないといけない日は来るだろう。
 僕の頭と心と魂の中では、その人の毒素は消えない。
 決着を、付けない限りは、おそらくほぼ100%。)


実は今年も未だ、致命的なレベルの猛毒となってきた毒素もある。
最近のものであり、分かりやすい暴力であるが、
破壊的な影響に変わりはない。
しかしながら、静かに、だが圧倒的に、変わってきている現実がある。

それは今は苦境が襲ってきても、
レジリエンスが早く、上質なものとなったこと。
心が復活できる土台が整ってきた。
傷ついた心を更に叩きのめして犯すものが消えていく代わりに。


そのおかげか、最近では『ピンチはチャンス』と考えられることも
苦境やピンチを逆手に考えて行動や発言できることも
増えてきたような気がする。


自分の『生きやすさ』は、一人では得られなかったもの。


自分も、誰かの『生きやすさ』に貢献できているのなら
本当に素晴らしいことであるだろう、な。




9/5 今日のいいこと:
ニューヨークのガイド本を読んでみたら今また新たなワクワクが。
一昨年くらいからブルックリンがすごく面白くなってきたらしく
興味が再燃しています。

9/6 今日のいいこと:
楽天スーパーセールにて目当ての割安品を見事発見!
ついでにおいしそうなドイツワイン(半額)もマークした。

9/7 今日のいいこと:
メッセージで友人が面白いギャグを言ってくれたこと

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by sannkaku-shikaku | 2017-09-19 01:06 | 葛藤 | Comments(0)
2017/9/1~4 同族嫌悪?発達障害者同士の……
※この書き込みには、一部過激な表現が含まれています。


最近ついに気づいてしまわざるを得なかったことがある。
これに気づいたのは、6月に入ったころくらい。


本当に、辛かった。


僕は基本的に、自分がアスペルガー症候群であることは
なるべく隠さないようにしている。

万が一、僕がパニックなど、障害のマイナス面が出た時のために、
僕に信頼や愛情を注いでくださっている人たちを心配させないように
そういう『保険』の意味もあるけれど、
僕自身、障害の診断を受ける前から『変わり者』と言われることが多く、
そこからくる『正体不明の恐怖』を、
人様に与えないようにするためでもある。

人も安心するし、自分も安心する。
障害を明かすことで、
『うわ、こいつアスペルガーとか、キモーッ149.png
みたいになったケースは、前職の上司以外に幸いあまり思い浮かばない。
ただ、あまり思い浮かばないといっても、記憶力が妙に良い所が効いて、
その1つ1つを鮮明に記憶してしまう。

それでも、自分がもし発達障害者であることを明かしていなかったら、
安定して付き合えていなかった素晴らしい友情はたくさんある。
それを明かしたがゆえに、賛辞の言葉すら頂けたこともある。
それが今の僕が、立ち上がり、生きていく原動力。


だが。


僕がそういう特性を持っていることを知りながら、
精神的な暴力をふるってくる人も、残念ながらいる。
まるで、アウシュヴィッツにいるユダヤ人になった気分で、
相手はまるで、ナチスの将校のようだ148.png


そして、その相手となる人間たちには、なんと………


僕と同じ発達障害者である、ADHDの当事者もいることが
なぜか僕の周りには頻繁に起こっている148.png

もちろん僕はここで、ADHD>アスペルガーなどという、
狂気に満ち満ちたイカれた公式をぶち上げようとは毛頭思っていない。
今年7月には、ADHDをお持ちで、ご自身のことにも向き合いながら、
正しくその才覚や能力をお使いになられている方々とも
お会いすることができたことは、とてもラッキーなことだった179.png

ただ、彼らが時折持っている『衝動性』の特性が、
垂れ流しのまま、僕に向かって、真っすぐに、純粋に、
暴力となって襲い掛かってくることがしばしば起こっている。
今年に入っただけでも、すでに10回近く起こっているのだ…。
(中には謝ってくれた人もいたが、その人も2ヶ月後に、
 僕を傲慢な態度で見下すようなことをしてきた。ひどい思いをした134.png



僕がアスペルガーであるがゆえに、
『こいつになら安心して何でもできる』とか思うのかもしれないけど、
でもそれって、結局『衝動性』の特性を放置して
自分の『責任』から逃げているだけではないのかな、とすら思える。

先に挙げた害を与えてこない方のADHDの人たちのように、
自分と正しく向き合って、それをコントロールできている人だって
当然いるわけなんだし。

むしろ、本当に相手をリスペクトして、尊重するなら、
相手が嫌なことをしないのは、当たり前のことでは?

発達障害には『こだわり特性』というのがあるが、
同じこだわるなら、俺はそういう所にこだわりたい。
ただ一方で、『完璧主義に走りやすく、そうできない自分や他者を批判しがち』
という特性もある。
この部分にももちろん、気を付けているのというが大前提だ。
これは僕自身、診断を受けた2012年1月21日から、ずっとやってきたこと。
死ぬまで、死んでもそれを辞めるつもりはない。
そのおかげで、自他共に豊かなエッセンスを得られたのではというのが
最近はありがたいことに核心になりつつある。
(不幸にも、一方ではそのエッセンスを略奪し、凌辱する輩も
 一人二人となくいたけれど)


この辺りは、障害者・健常者問わず、
精神的な習熟度や、人間性の修練なども関わってきそうだ。
僕自身、その修練は、めちゃくちゃに弱かった人間だったのだから。

それはなにも、尻をバッシバッシぶっ叩いたりしなくたって
向上出来うるものでもある。
僕自身は本を読んだことも大きかったが、悪書もあるので
とにかく自分で考え、善悪について考えながら、読むようにした。
スポーツ観戦をして、スポーツ選手の方々の考え方から
とても良い影響を賜っている。
そのおかげで、6年以上前の自分なら
ここまで仲良くできなかったと思える人たちとも、
心を通わせられるようになった。


とにかく、自分だけが満足して周りはみんな不幸だとか、
そんなことはしたくなかった。

素晴らしいメンタリティを持った人たちを、
そして、これからの子孫たちが生きていく未来を、
汚染して、破壊する側には回りたくなかった。

僕は、前述したように自分が犯されることももちろん地獄の苦しみだが、
自分が犯す側になるのも、同等あるいはそれ以上の、地獄の苦しみだ。
今俺に心からの笑顔と愛情を向けて下さる人たちを犯してしまうくらいなら、
デザートイーグルの弾をこめかみにブチこんで、
首から上を吹き飛ばして死んだ方がましに思えるほどだ。
ただ、僕が自殺をしてしまうと哀しむ人も
喜ぶ人以上にどうやらたくさんいるらしいことも
年々分かって来つつある。
だから、自殺以外の道を探さないといけない。


僕自身は幸か不幸か、
『20代にしては精神年齢が非常に成熟している』
と言われることが時々ある。

それも、先に述べた『精神的な修練』は関わっているかもしれない。
でも、子供時代から本来積みあがっているべきものが、
僕にはほぼ全く出来上がっていなかった。
当たり前のことを当たり前に積み重ねたい、そう思っただけ。
そうすれば意外と、人生って取り戻せるものらしい…。

それこそ、僕だって、実はここまで書いてきたような、
衝動的な暴力を僕は向けてきたこともある人間だ。
特に、優しくて、聡明な人ほど、餌食になっていった。
先の、僕に精神的な暴力を加えてきた人間たちは、
全員、僕より年上の人たちでもあった。
なので、こう考えざるをえないこともあった。
『なぜ、俺の年で止められたことを、
 あなたたちは今も止めることが、できないんだ…?140.png


もう俺は無差別殺戮マシーンにはなりたくない。
それでも俺が殺戮マシーンになるのが宿命だというのなら、
せめて俺を犯し、俺にも光を与えてくれる人たちに
直接・間接的に悪影響を与える人間たちだけを
精神的・あるいは社会的に殺戮することになるだろう。

実際そうしたことも、あった。去年もあった。

俺は残念ながら、手加減なんて器用なことはできない…。
俺は臆病だ。

手を抜いたら、また反撃されて、レ◎プファ◎クされて、殺される。
彼らはまた俺に対して、暴力の衝動を向けてくるだろう。
そして俺はゾンビになって、周りの人たちを無差別に食いつぶすようになる。
それは許すことができない、悪の輪廻だ。


障害者も、健常者も、真の意味で心の底から
素晴らしい人生を築き合っていけるように、
私たち障害者側の人間ができること・やるべきこともある。
その先に、自分も他人も、恐怖も憎悪も無く、喜び合える世界が来ることを、
殺戮マシーンにならざるを得なかった僕も願っている。
そのための実践が一つでもできていたら、とも思う。


……これは、偽善なのだろうか?



9/1 今日のいいこと:
たまにはファミチキ食べるのもいいですね

9/2 今日のいいこと:
ドイツで買ったCDを聞きながらイタリアンを作る。最高!

9/3 今日のいいこと:
業務スーパーに久々に立ち寄り、世界の食材をたくさん見つけました。
試してみたいのがいっぱいだ~

9/4 今日のいいこと:
凄い久々にカレー(日本式の)を食べました。うまかった。

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by sannkaku-shikaku | 2017-09-16 23:34 | 葛藤 | Comments(0)
2017/8/29~31 睡眠アンバランス
時差ボケではないと思うのだが、
帰国以来睡眠がアンバランスである。

平日の睡眠が6時間弱。
通勤でやるべきことをやる時間がほぼ削られ、
やりたいことが満足してできない。
体力と精神力がガチで削られる。
今の職場はかれこれ5年弱お世話になっているが、
やりたいことが、なかなかできない。
まだ縛られているような気分だ。


反対に休みの日には睡眠欲を大爆発させています。
最近は夏がまだ残っているというのに
睡眠を10時間以上取る日々。
まあ、僕はちょっと睡眠多いタイプなんだろう。
アスペルガー症候群の人はロングスリーパーが
少し多いという説もあるらしいし。

現状ママだと、来年のロシア男子サッカーW杯(6~7月)の時とか
もっとすごいことになりそう……こわいなあ144.png

いずれにせよ、眠りがアンバランスだ。



8/29: 今日のいいこと
ポーランドのスープの作り方を調べたら面白かったこと。
ザワークラウト入りのビゴスを作ってみたい。
(先の旅行で買ってなかったから、今度行けたら買いたい)


8/30: 今日のいいこと
求めていたペンが安く買えたこと


8/31: 今日のいいこと
ビールバーにて、とても感じの良い店員さんがいて
色々おすすめを頂いたこと

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by sannkaku-shikaku | 2017-08-31 00:06 | 葛藤 | Comments(0)
2017/8/1~4 【英語教育】嗤う、なにゆえに?
つい最近、あるパーティーに参加したことがあり、
その中に、子供たちに英語教育を行っているという
日本人の女性がいた。


日本語が結構話せるアメリカ人の男性らも交えて
日本の英語教育に関する話題になったのだが、
その時、僕自身が仰天するようなことも聞いてしまった140.png


その女性、小学生~中学生の子供を教えているらしいのだが、
"give"の使い方についての話題が出てきた。

因みに"give"というと、

give A B もしくは give B to A
という並びで、『AにBを与える』という意味になるのは
ご存知の方も多いと思われます。

例文を書くと、
I give Hiroshi apple / I give apple to Hiroshi
で、『私はヒロシにリンゴを与える』という意味になるわけです。



その件について、この英語を教えている日本人女性、何と言ったかというと……

『今私の教えてる子なー、giveについてなー、
 I give flower her(⇒『私は花に彼女をあげる』という意味になる)とか
 もうワケワカランこと書くねんで!あはははは!!』
と、笑い出したのだ。


…僕は今でも、この発言を思い出すに辺り、
とてつもなく哀しい思いに襲われることがある148.png163.png

相手は、子供だろ……?
彼らだって間違えたりするのは、当たり前。
もしこの生徒さんが、60才を過ぎたような人であっても、
絶対に言ってはいけない、おぞましい侮辱の言葉148.png

いくらその子供がいない所とはいえ、
このような下品な言い方や笑いが果たして許されるかどうか、
僕は疑問を感じざるを得ない。

可能性の芽をじわじわと虐殺していくような
おぞましさと気持ち悪さをものすごく感じてしまう。
今でも思い出すだけで暗澹たる気持ちに、陥れられるのだ148.png

自分だったら、このようなことを言う先生に、
語学以外でも何かを教わっていると思うと、
背中に不快害虫が這うようなすさまじい嫌悪感と恐怖に襲われる140.png149.png
ここまでいくのは僕以外はそう多くないかもしれないが、
絶望感とトラウマに苛まされるようになるだろう。

例えばまあ"I give flower her"とか実は意味が入れ替わっちゃうことを
まだ書いちゃうこともあるんだけどね。でもまだこの子達伸びるわよ~109.png
とか、そういう未来を期待する言い方なら、印象は完全に違っていただろう。
だが、この女性は、嗤い、こき下ろすことを選んだ140.png
冗談でも、その場のノリでも、言っていいことといけないことがある。
何語で会話したとしても同じなんだ、それは……。



なお、この話題に挙げた日本人の女性は、僕に対しては、
僕が英検準1級を最近なんとか取れたくらいの英語力があり、
(それが取れたのもたくさんの人たちのお力添えのお陰です。感謝)
普段から英語で外国の人とも普通に会話している僕を見ているのか
なぜか僕に対してはなんだかちょっと謙遜したような態度になっていた139.png
(というか、これこそ僕が望んだ自分の姿でもある。
 でも俺は、日本人の友達や、日本語が英語よりも得意な友達も
 絶対粗末にはしたくないとも固く誓っている。永遠にこれは守る。)

僕は自分の持っている力をひけらかして相手をひねりつぶすのは
正直言ってしたくはないんだが……

あまりに度が過ぎるなら、この誤った方向に走った教育者を、
『僕なりのやり方』で無意識に、
粉微塵に粉砕してしまう可能性は、あるんかな。
……今までも、そうしてきてしまった、けれど。。。
僕は手加減なんて上品で器用なことができない、不器用な人間。


I AM SORRY THAT I AM SO B R U T A L .



『賢いっていうのがそういうことなら、
 俺は一生バカでいい。』
(『NARUTO』うずまきナルト)




8/1 今日のいいこと:
最近仲がより深まった方から更にフレンドリーなコンタクトが来ました

8/2 今日のいいこと:
お盆前に買っておいた方がいいものの存在を思い出せたこと

8/3 今日のいいこと:
カード入会キャンペーンでたくさんあったポイントを使って
浄水機能付きの水筒をGETしました

8/4 今日のいいこと:
今やっているゲームが面白い所に入ってきたこと

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by sannkaku-shikaku | 2017-08-08 23:32 | 葛藤 | Comments(0)