2015/11/16 ちがうことかわったこと
つくづく、この2010年代で運命が、現実が
地に足着いて力強く、斃れそうで斃れないように
変わっていってるのを感じている。

自分の真実を知ったこと、明かしたこと
受け容れてくれた友がいたこと
何よりも、自分が自分の真実を知るその前から
人としての自分を見てくれていた人がいたこと。
(大体、15歳以降に出会った人たちがそうかな)

それが今にも、つながっている。

これが無ければ、その後自分はこの世から消えていても
徘徊するゾンビのような人生を送っていても
全くおかしくなかった。


最近も、またも過去の闇の部分へと
俺を引きずり込もうとする傷跡と、向き合っている。
ようやく、その時間と余裕が取れつつある。

今年はそのような銃創もまた増えた年だった。
そのうちの一つとは長年の決着をつけようとしている。

衝動のままに気に入らないことに対しては
仏頂面をして暴言を吐き続けてきた。
もうそろそろ、限界らしい。
俺があれこれ言ってももうだめだ。

ただ、相手を叩きのめすだけの決着にはすまい、とも思う。
当人が当人で動き出して、向き合わなければだめなんだ。
今まで俺が溜めてきた種々雑多な気持ち全てを書きしるし、
万一これからは希望の花を咲かせられる確率が1%であるなら
その花を咲かすための、『最後のヒント』は渡すつもりだ。

俺は、俺の希望や存在価値をも全て否定し破滅させた人間たちと
また違った方法を選択することもできる。

俺が否定し破壊するものをがもしあるとするならば
決着したい人間の『行為』だけ。
そこだけに狙いを定めることが、どれだけできるか、が課題。


口先で友達、友達とぬかすことで
"友達"に依存してきた数々の人たち。
僕もその片割れだった。
でも、口だけで友達友達といい、
恩を仇で返すような人間として生きるのも、
責任を取らずに自殺に逃げるのも、俺はどっちも嫌だったなあ。

今また、俺はうそつきと呼ばれようとも、
偽善者と呼ばれようとも、異常と呼ばれようとも、
一人で無謀を犯さない方法で、行動する必要があるらしい。
長年の決着とは別に、自分の心身を守る必要も出てきている。
近々会う人に、SOSを発信してみることにする…。
闘いに備えないといけないかもしれない。

明日の希望を枯らさないためにも。
友がいるから、立ち上がれること。
俺もまた、その友に
『お前のお陰でここまでやれた』『楽しかったぜ』と
言われるだけの存在でありたく思う。


今日のいいこと:
阪急百貨店うめだ店で東北展があるそうですが、面白そうです

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by sannkaku-shikaku | 2015-11-17 19:44 | 未分類 | Comments(0)
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