【旅行記別記】D-Day記念館
ノルマンディーツアー前半で回ったD-Dayの記念館です。
ヨーロッパ戦線のみならず、『第二次世界大戦』全体の概略として
所々、太平洋戦争関係の掲示や、
当時のアメリカの日本に対する『悪のジャップス』(←敢えて伏字にしません)みたいな
プロパガンダ向けイラストなども展示されています。


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『1944年6月6日、1万人の若く兵士たちがこのノルマンディーの海岸で
 自由を守るための闘いに参加し、命を落としました』
と書かれた文章の仏語、英語、独語。
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大戦の原因となった歴史を紐解く展示。
ヒトラーの台頭から歴史展示が始まります。
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ナチスの侵攻が始まる。
ピカソのゲルニカも。
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仏語で『フランス 暗黒の時代』と書かれたプレートが生々しい……。
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ド・ゴールの演説。Viva la France!!!
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ドイツ軍のMG42機関銃と棒状の手りゅう弾。
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連合国から見た『枢軸国』としての日本の台頭についても展示が。
ドイツのナチス党旗、イタリアのファシスト党旗が鎧武者のバックに…。
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ユダヤ人迫害・虐殺についての展示です。ここは文章がとても生々しいです。
NYの『ジューイッシュ・ヘリテージ』に比べればおとなしいものでしたが…・
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ガス室で殺害された子供に関する、生々しい記述(仏、英、独)。
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"extermination camps"=絶滅収容所 など
身の毛のよだつような表現が容赦なく書かれています。
目を背けてはならない、歴史の真実…。
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終わらぬナチスの迫害。
そして、レジスタンスたちが立ち上がる。
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シャーマン戦車。
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ソ連の『カチューシャ』ロケット砲。
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そして最後、ノルマンディー上陸作戦より数か月後、
フランスは自由を再び勝ち得たのでした。
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しかし、太平洋ではまだ日米の激しい闘いが続きます。

当時のアメリカかどこかでそのまま出されていたメディアであるためか
『JAPS』といった差別表現がそのまま出ています。
(NYのイントレピッド航空宇宙博物館の神風特攻隊のドキュメンタリーでも
 米兵役の人が『Japs!』と言っていたが…)
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1945年4月。欧州戦線の終結。
ベルリン陥落、ヒトラー自決。
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そしてもう一つの大戦の悲劇。
1945年8月6日、9日。
広島と長崎の原爆投下です。
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大戦で命を落とした人々の統計です。この数値にはもちろん、多くの日本人も含まれています。
(多分、この中で一番多い比率を占めるのはロシア人でしょうか…)

6千万人の犠牲者、うち3千5百万人が民間人の犠牲者。
なんと、民間人の犠牲者の割合の方が高いのです。

第一次大戦から続く『総力戦』の極致。
当時の人々で、『こりゃ、このままいったら人類滅亡だぞ』と
危機感を募らせた人達も少なからずいたかもしれない。
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やはり、ロシア(仏:URSS、英:USSR)の死者数・割合が一番高いです。
人口の多い中国をはるかに凌駕し、ダントツの犠牲者数。。。
日本もドイツに次いで多い、4番目に多い死者数です。

もっとも、散っていった人々の命に、どの国の総計が多いだとかは
全く関係ないのですが……。
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大戦の歴史を一通り見た後は(←ここだけでもすごいボリュームの展示でした)
ここからは、本格的なD-Dayに関する展示が始まります。
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作戦前夜のアメリカ兵たち。
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早朝、戦いの火ぶたが切って落とされる。
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オマハ・ユタの2つの海岸を攻撃できた
オック岬の攻略戦も同時にスタート。
米軍はオック岬を見事陥落させますが、
作戦に参加した225名のレンジャー部隊のうち、
生き残ったのは90名と、半数以上の隊員が命を落としたのでした…。

とはいえ、彼らの犠牲がなければ、さらに多くの犠牲が出ていたかもしれませんね。。
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英国⇒ノルマンディーの作戦図を示した展示。
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ノルマンディー上陸から数か月後、解放されたパリ。
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D-Dayに関する映像展示があったのですが、
ここは時間の関係で見ることが出来ず。残念。
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この映像資料館の上には、ベルリンの壁が崩壊する場面が掲げられていました。
そも、ヒトラーがでて大戦が起きて、最後は米英ソに攻撃されなければ、
ベルリンも、ドイツも、東西に分割されることは無かったかもしれない。
ヒトラーがドイツに遺した、負の遺産。

それが一つ消える瞬間の写真が大きく掲げられているのが印象的でした。
特にドイツの人たちにとって、真の『大戦の終結』は、
この瞬間だったのかもしれません。
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こちらが日記でも書いたお昼ご飯です。
これに加えて、サラダ、ハム、チーズなどを
ビュッフェ形式で頂けました。
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今のドイツの国旗も一緒に、連合国として闘った国々の国旗が並んでいます。
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この平和を続かせたい。
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by sannkaku-shikaku | 2014-08-11 00:01 | 旅行記 | Comments(0)
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