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2014/7/3 感情回顧録
自分の心の中に醜い感情が湧き始めた時、
それは相手に直接・間接的に危害を加えられて出たものなのか、
それとも自分の中にへばりついている不安や恐怖のようなものがあって
それが湧き上がって怒りや憎しみへ変貌しているのか
そんなことを考えることが増えてきた。

3年前はただ、感情を抑えすぎることの有害性を知り、
できるだけ感情を抑える止めて、自分の感覚に素直になってみた。
多くの歓びも、多くの怒りも感じた。
ただ、怒りの方は世界の半分くらいの火山が
一斉に大爆発するようなくらいのすさまじさを持つこともあった。
それを何とか、無関係の人、罪のない人に向けまいと必死だった。
感情をため込みすぎることの有害性を実感した。
一方で、いくら感情が溜まっているとはいって
いかに安全に爆発しそうな感情を『逃がす』かも考えた。


今はそのマグマのようなものの奥に
『寂しさ』『孤独』『哀しみ』『見捨てられ感』
のようなものを感じることがよくある。
表出しそうになるマイナス感情の根本と言うのか。
それをより深く認識するようになったのと、
それを感じて下さる人々の存在を実感するようになって
ここ数年より心は穏やかになった。

生き延びるために自分を無理やりに作り替え、
自分で自分を叩きのめしまくって、サバイバルするしかなかった過去。

結果、"survive"はできたが、"live"はできなくなっていった。
人として当たり前の暖かい感覚すら、気付いたら消え失せていた。

3年前、小豆島に行っていなかったら
今でも僕はがらんどうのような人間のままだっただろう。
(小豆島でも、『俺のような人間がこの美しい島に存在していいのか』
 という罪悪感のようなものは常にあったが……)

忘れようとしてしまっている、記憶。
たとえば、小中学校の時、いじめにあったり、ハミゴにあった記憶も
一度、信頼のおける人たちのもとでサルベージする必要がありそうだ。

己を知ることと、己を愛すること。そして人を愛すること、への道のり…。


今日の(・∀・)イイ!こと
今年、友人と夏祭りに行くかも…

by sannkaku-shikaku | 2014-07-03 23:26 | 葛藤
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