2009/8/6 【旅行記】For the "Genuine" Peace
※文章は2009年8月11日にアップ完了。

♪Who`s gonna provide us?
 Who`s gonna divide us?
 Who`s gonna save us?
【邦訳】
誰が僕たちに提供してくれるんだ?
誰が僕たちを分断したんだ?
誰が僕たちを救ってくれるんだ?
(The Living End『Who`s Gonna Save Us?』)

広島二日目。

今日は途中で何かとおカタい話も出てくるので
苦手な方は読みたく無い方はその次の日の記事へ行かれることを
オススメします→【脱出口

広島の人にとっては絶対に忘れられない日。8月6日。
64年前、ここで確かに莫大な数の人命が一つの原子爆弾により失われました。
(人命、といってもこの原爆を落とした当時のアメリカ軍の大部分は
日本人の命を『人命』とは見なしていなかっただろうが・・・)

命を奪われただけにとどまらず、人間らしく死ぬことも許されないままに
多くの人々が黒ずんだ肉塊や化け物のような容姿になって命を絶やしました。
ドイツのユダヤ人大虐殺に匹敵する残虐性が、確かにこの大空で炸裂した。

そして原子爆弾の災厄はその爆風と熱線のみにとどまらず
この爆弾の落とされた後も、チェルノブイリやイラク、アフガンで今も残る
『放射能』という災厄を残したのでした。
その犠牲者の筆頭の像には、今日は多くの千羽鶴が捧げられました↓
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『原爆の子の像』、佐々木禎子さんの像です。
僕がゲームボーイの『ロックマンエグゼ』に夢中になってたくらいの年齢(=中学)に
この人は千羽鶴に希望を託して闘病し、そしてそれも空しく散っていったのだ。
彼女の幽霊(?)が小学生の女の子に広島のことを伝えるアニメ映画を
小学校での平和教育で見た気がします。

・・・と、いうわけで朝早くに宿をチェックアウトし広島平和記念公園に来ました。
目当てはもちろん、今まではテレビでしか知らなかった平和式典を見るため。
今年は国連事務総長の人(=バン・キムン氏)も来ていましたね。

式典の感想を箇条書きで述べてみます。
政治・メディアに関わる発言もあることをお許しください・・・m(_)m
●思ったより外国人の方が多かった。後から父に聞いた所によると、
 今年は今までもっとも外国人の式典来訪者が多かったらしい。オバマ効果か。
●麻生首相は真っ当なことを言っていたと思う。北の核についてはノータッチだったが。
●マス『ゴミ』の影響で麻生首相への拍手少なし。
●この麻生首相へのブーイングを浴びせる集会をしていた団体がいました。
 厳かな式典の最中にその団体が麻生反対がどうこうと叫ぶ声が聞こえてきました。
 おいおい、平和を祈る式典の途中なんですが、今・・・。
 いくら何でもデリカシーが無さ過ぎるぞ。だらしねぇな!エロいか!?あぁん!?
 トイレに行きたい時に、そのずっと前から人前でチャック全開にしてるようなもんだ。
●後半は国際組織から来た外国の方の英語での演説。
 非核を目指す人々、として『日本の兄弟姉妹達(≒同志達)よ』と問いかけてくるのは
 西欧らしい、ウィットに富んだ言い方だなあ、と感じた。
●最後の方にハトが一斉に飛んでいく演出は驚いた。
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3,40分ほど無事式典は終了し
上の写真にある平和記念資料館に行こうとしました・・・が
平和式典の流れから、恐ろしいまでの長蛇の列が出来上がっていました。
これはたまらん、ということでちょっと旅のプランを変更しました。

少し平和記念公園をぶらついてから、呉(くれ)の方へ行ってみようと決意。
呉には明日行ってから大阪に帰ろうと思いましたが、今日行くことにしました。

さて、平和記念公園は先ほどの『原爆の子の像』をはじめ多くのモニュメントがありますが
個人的には一際目を引いたのはこちら↓
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原爆で無くなった朝鮮人の慰霊碑です。
『はだしのゲン』にも朴さんという主人公ゲンの味方である朝鮮人の男性がいますが
当時移民してきた朝鮮人も日本人と同じく被爆したわけです。
靖国神社では全ての国の犠牲者を祀った祠があるのですが
それを思い起こさせました。

余談ですが、碑には正しくは『韓國人』の慰霊碑と書かれていますが
現北朝鮮に辺る場所に住んでいた人を総括する意味でも
この記事では『朝鮮人』と表記させていただきました。
また、朝鮮人の『連行』はなく、日本に占領され日本の一部になった朝鮮の人々が
自らの意思で朝鮮半島より豊かだった日本へ『移民』してきたという説の方を
僕は信じています。

さて、長々と思想的・歴史的なことを書いてしまいましたが
もう一つの見所を見てきました。
核の惨禍を語るには欠かせない場所と言いましょうか。
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原爆ドームです。
この周りでは多くの平和集会やライブ、紙芝居などが行われていました。

しかし、世界中の人がその国旗を立てて軽いスピーチをして平和を祈るというイベントが
あったのですが、この時にアフリカのブルンジ辺りの国の人が来ていて
英語でルワンダ虐殺について言及したのに、通訳がこれを訳しませんでした。
通訳は、もちろん日本人でした。

これについて『この大バカ野郎!!』と通訳を罵りたい気持ちでいっぱいになりました。
確かに今日は広島に原爆を落とされた日本が平和を祈る日だが
世界中の人たちが平和のことについて考えんとしてここに来ているのに
このような血だらけの歴史と向き合い平和を希求する世界中の人の気持ちを
この日本人通訳が、日本が原爆で酷い目にあったウワアアアンを傘に
このアフリカ人の思いをスルーしたとしか思えませんでした。
わざとスルーしたわけじゃないならこの通訳は反省してほしい。
世界中の平和の思いを受け止める責務も、感じるべきだと思う。
何よりも、この『スルー』はとても失礼で対等性に欠く気がする。

観光をしているときは、このように喜びだけが全てではありません、が
これもまた経験だと思い、あえて掲載させていただきます。
とはいえ、人々の熱気な独特のムードで
僕もかなり熱くなっていたのだろうとも・・・。

何ともいえない気持ちになったので、原爆ドーム横の川べりに座り
COLDPLAYの『Viva la Vida』を聞いていました。
この曲名は、日本語で『美しき生命』というタイトルになっています。
歌詞は、日本側で軍を率いた東条英機の気持ちになったような歌詞に思えます。
平和を愛する真の軍人だった、というところも、この曲の邦題にあってるかも。

犠牲者を悼む線香が、この河原にまで立てられています。
土にそのままさされておりました。

感慨にひたった所で、平和記念公園近くの地下街に大きな荷物を預けて
広島情緒の代表である路面電車に乗り、町の風情を楽しみつつ広島駅へ。
初めての路面電車でしたが、バンバン来るし、安いし・・・これは(・∀・)イイ!

お好み焼きではなく、厳密には広島名物ではないのですが
『尾道ラーメン』を食べました。写真は撮りませんでしたが・・・
濃い目ながらあっさりしたしょうゆダシにちぢれ麺、一見天カスのように見える脂身。
最初は期待していなかったのですが・・・これは、予想よりはるかにウマい!!
毎日食べれるような味では無いものの、おいしいです(*´∀`)
値段もお手ごろなのがうれしかったですね。
しかし、この浮いてる脂身は東京方面の『ラーメン次郎』とも関わりがあるのかなあ。

腹ごしらえを終えたら、いよいよ呉へ。
先ほどから『呉なんて何のために行くんじゃい』と思われてるかもしれませんが
目当ては実はコチラです↓
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戦艦大和の博物館、『大和ミュージアム』です。
戦争を知る、というのでこういうアプローチで行ってみることにしました。

まず博物館に入ってすぐに出てくる、10分の1スケールの大和の模型。
乗組員のフィギュアがこの大和に乗っていますが
それと比較するといかに大和がデカいかがなんだか分かるような気がします。
その大和を昨日の厳島神社の鳥居並に、いろんなアングルで撮りまくりました↓
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この大和もさることながら、実際に使われた砲弾のモデルに
乗員全員の名簿や戦死or生存の確認表、生存乗組員の証言ビデオ
タイタニック調査にも携わったフランスの潜水艇によって引き上げられた遺品や
呉の人々の生活や町のあり方などの展示も非常に面白かったです。

大和のみならず、ゼロ戦の模型もあります↓
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他に、この大和ミュージアムで驚いたのは
意外と女性のスタッフが多いことでしょうか。

さて、戦艦のお次は潜水艦の世界を覗いてみました↓
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写真は大和ミュージアムのテラスより撮影しました。
そう、大和の隣にはでっかい潜水艦を見れる潜水艦の博物館があります。

名は『てつのくじら館』。2年前の4月にオープンしたばかりなのだとか。
本来は海上自衛隊の教育施設だそうです。

見学無料、ということで意気揚々と博物館に入りました。
中は、潜水艦もさることながら、機雷除去(=掃海)についてのことが
たくさん書かれておりました。
日本の機雷除去についての歴史や機雷のモデルの展示がいっぱい。
潜水艦については世界中の潜水艦乗り(=サブマリナー)のつける章も展示。

潜水艦の内部については、上の写真にある潜水艦の中に入って
見学することができました。
潜望鏡をさわると呉港の船が見える(´∀`)

元海自の方のガイドもいたようで
その人の話していたことも盗み聞きしたりしながら
国防について色々と考えさせられました。

呉散策は夕方4時ごろにこれにて終了で
次は18時ごろに広島で行われるとある講演会に行くことにしました。

元自衛隊で、ご本人曰く『日本はいい国だ』と言ったら辞めさせられて、
自由民主主義の国にありながら言論弾圧(!?)の憂き目にあったという
これでピンときた人も少なくないはずの、『例のあの人』の講演です(´∀`)

会場近くのサブウェイで食事を済ませて行く事にしました。
(期間限定のインドカレーのサンドを食べたが、あれはマジでウマいな・・・)

この講演の会場が平和記念公園すぐ近くのホテルで行われるもので
何か襲撃がありやしないかという懸念も少しありましたが
ロビーの賑わいぶりをみていると問題なさそうな感じですな。

さて、この講演の内容については多くは触れませんが
話者がヘビーな話題ながら実に軽快に、的確に核心をつく話をするので
常に拍手と笑いが耐えない、非常に愉しい講演会でした(´∀`*)

僕が大阪から来たように、広島以外の遠方地からこの講演に来た人も多かったそうです。
原爆を落とされた日に平和をかみしめる。
その平和をかみしめるために何かを考えるには、この方法も絶対真っ当なはずだ。
素晴らしい講演を本当にありがとうございました。
主催者各位には、ささやかですが金一封を捧げ(=寄付し)ます。
サブウェイにいた辺りに実は頭痛があったのですが、すっかり頭痛が吹き飛びました♪

さて、先ほど荷物を預けた地下街が本当にこの近くだったので
荷物を引き上げ、今日の宿へ。

今日の宿は繁華街にあるカプセルホテルだったのですが・・・
この辺りが実はもろにナイトスポットで
露出のある服を着たホステスを見ることもあり内心ちと不安でした。
音楽を聴きながらズンズンと前にひたすら進んでいきましたが。

カプセルは、大丈夫なのだろうかと思っていたのですが
想像以上に清潔で安全そうな宿だったので一安心(´Д`)=3
風呂も充実しており、いい宿でした(´∀`*)

明日は一度大阪に帰るので午前中だけの予定ですが
十分に予定も寝れたのでこれにて就寝。

ああ、64年前に大いなる災厄がこの街に落とされたこの日は
こうしてぐっすり寝れる世の中に生まれたことに、感謝する日でもあると思う。


追記:
広島駅売店の広島カープ応援の暖簾みたいなもの↓
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誰かさんに似ている気がして仕方がない件について(´・ω・`)
ミッk・・・もといカップカプにしてやんよ、ですかな(´w`)




今日の(・∀・)イイ!こと
昼食の尾道ラーメン屋に金髪に染めたべっぴんさんがいたこと
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by sannkaku-shikaku | 2009-08-07 23:31 | 旅行記 | Comments(0)
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